約 1,207,156 件
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/353.html
第22話 胸から零れた罪の破片 頭に木霊する美希の声。震える怒声。痛々しい泣き声。底冷えする皮肉。 そして、すべてを諦めたような力の無い呟き。 強く優しく、物分かりの良い美希しか自分達は欲していなかったのだろうか。 励ましてもらった。相談に乗ってもらった。気持ちをぶつけさせてもらった。 ただ、黙って側にいてくれた。 いつだって美希はラブの、祈里の、せつなの気持ちに寄り添おうとしてくれていた。 美希にどれだけ救われたか。数え切れないくらいなのに。 それでも、心の隅にあった冷めた感情。 所詮、当事者ではないのだから。 外側から眺めているだけの部外者だから。 魂に牙を立てられ、血を啜られるような思い。 心を握り潰され、毟り取られるような痛み。 美希には分からない。 自分達の気持ちなんて理解出来ないだろう。 そう、殻の外に美希を閉め出してはいなかったか。 「あたしね、思ってた。思おうとしてた。一番ブッキーが悪いんだって」 「うん…」 「それで、一番馬鹿なのはあたし」 「………」 「一番傷付いたのはせつな。それで、それでね。美希たんは……」 「…………」 「……関係ないって…。こんなゴタゴタ、美希たんには迷惑なだけだろうって…」 「……うん…」 「ブッキーさっきから、うん、しか言ってない」 「うん……」 ひっぱたいてくれた美希の熱い手のひら。 優しく髪を撫でてくれた綺麗な指。 毅然と叱ってくれた声。 何も言わず包み込んでくれた温かな膝。 どうして忘れていられたんだろう。 「ねぇ…美希たん、何か用があったんじゃないのかな?」 突然訪ねて来たわけではあるまい。 自分達の物思いに耽り、外の気配に気付かなかったのは迂闊としか言いようがないが 常の美希なら来る前に電話なりメールなりしそうなものなのに。 ラブの言葉に祈里は痛みを堪えるような顔になる。 「…約束、してたの……」 項垂れ、祈里は背中を丸める。 「美希ちゃんの部屋でね、一緒に勉強しようって…。」 「へ?じゃあ、なんで……」 自分を部屋に上げたのか、そう言いかけてラブは口をつぐんだ。祈里の自嘲があまりにも深そうで。 「忘れちゃったの。ラブちゃんの顔見たら」 ラブが訪ねて来てくれた。会いに来てくれた。例えどんな理由でも。祈里を詰る為だとしても。 ラブが自分から祈里の元へ足を運んでくれた。 舞い上がった。有頂天になったとすら言える。そして。 そして、美希とのささやかな約束など一瞬にして頭から消し飛んでしまった。 「…ブッキー…」 祈里は鞄に手を伸ばし、中を探る。底の方まで落ちていたリンクルン。 チカチカと点滅する光を見て、祈里は一層苦し気に顔を歪める。 何度着信があったのだろう。メールも何通も来てるに違いない。 多分、そこにはいつまで待っても現れない祈里を心配する美希が沢山いる。 この間の買い物。せつなとのやり取りを美希に詳しくは話していない。 それでも美希は何かあったのだと察してくれてる。 ずっと気にかけてくれていた。 電話で、メールで、放課後待ち合わせてお喋りして。美希は無理に聞き出そうとは決してしない。いつも祈里から話すのを待ってくれる。 今日だってきっとそう。 少しでも祈里の心が晴れるように何時間でも付き合うつもりだったに違いないのだ。 連絡も入れず現れる気配の無い祈里にどれほど気を揉んでいたのだろう。 何かあったのかと心配し、出ない電話や返信の無いメールに焦れて。 それならいっそ、と直接訪ねて来たのだろう。 そして、その結果がこれ。 聡い美希は瞬時に理解したに違いない。 祈里は美希の顔を見るまで、いや、顔を合わせた後でさえ約束の事なんてすっかり忘れていた事に。 美希に詫びる事すらせずにひたすら言い訳を並べ、ラブを庇う姿に どれほどやるせない思いをしただろう。 リンクルンを開く勇気がでない。 メールに溢れているであろう祈里への労りと思い遣り。 それに対峙するには今の自分は愚かすぎる。 その美希の思いを直視する資格など無いように思われた。 「…ねえ、ラブちゃん…」 泣き笑いの形に顔を歪めて祈里が問う。 「わたしって、昔からこうだったのかな……?」 結構、良い子のつもりだった。 少し前なら先約があるのを忘れるなんて考えもしなかった。 学校でだって目立つ存在ではないけど真面目にやってて友人だっている。 獣医を目指してるんだから勉強だって頑張ってる。 誰かの役に立ったり、人に喜んでもらう事が自分の喜び。 せつなの事は。せつなにしてしまった事は、そんな自分がおかしくなってしまったからだと思っていた。 「ラブちゃん、わたしね。せつなちゃんが好きで。好きで好きで好きで好きで………」 狂ってしまったのかと思っていた。 自分の中にあんなにも激しい感情があるなんて信じられなくて。 体を突き破りそうな激情を持て余して。 他の事は何も考えられなくなって。 苦しくて、苦しくて。無理矢理にでも奪えば、解放されるのかも知れない。 だから……。 「でも、違った。全部、何もかも…間違ってた」 やった事も、言った事も、今までも、たった今だって。自分が良い子だったって思ってた事も。 きっと昔から我が儘で自分勝手な人間だったんだ。 自分のやりたい事、欲しいもの。手に入れる為ならどんな事だって出来る卑怯者だったんだ。 恵まれてただけ。 恵まれ過ぎてて、自分がどんな人間か直視せずに済んだだけだったのではないのか。 いつだって欲しい物は手の届く場所にあった。 何かが欲しいと思う前に与えられてた。 両親は躾には厳しく無駄な贅沢はさせなかったが、お金で買える物には元々それほど執着が無かった。 物も愛情も空気のように体を包んでいるのが当たり前で、誰もがみんなそんなものだと思っていた。 自分は与える事に喜びを見出だす人間。 大切な人に笑顔になって貰うのが何よりの幸せ。 そう、信じて疑いもしなかった。 でも違った。 今までの自分を思い返す。 誰かの幸せの為に痛みを堪えて宝物を差し出した事は無かった。 欲しくてたまらない大切な何かを誰かに譲った事も無い。 もし自分の一部とも言えるほどかけがえのない物を手放しても、 それを手にした相手が喜んでくれるなら構わない。 そんな風に思えただろうか。 「無理だよね。だから…こうなってる…」 自分の考えに祈里は茫然とした。 いつだって人に与えていたのは手放しても惜しく無いもの。 身の回りに有り余るおこぼれを上から投げ落として悦に入っていただけではなかったか。 感謝の言葉や眼差しを心地よく浴びたいが為に施しを与えていただけではないのか。 恐ろしい。足元がガラガラと音を立てて崩れていく。 どれほど傲慢な笑顔を振り撒いていたのか。 自分では労りねぎらうつもりで掛けた言葉は本当に相手に届いていたのだろうか。 何もかもが偽りに彩られている気がした。 これっぽっちも優しくなかった自分自身。 せつなの言った通りだ。 馬鹿で、傲慢で、欲張りで。しかもそれを今の今まで実感してはいなかった、残酷なほど幼い自分。 そんな自分にせつながくれたのは、途方もなく甘く優しい罰。 笑顔で側にいる事。 せつなの幸せを見届ける事。 やっと分かった。情けないほど自分を甘やかしていた。 一度だって、本気で自分をどうしようもない人間だと思った事は無かったのだから。 せつなは、そんな祈里でも何とか乗り越えられるだろう甘い甘い償い方を教えてくれたのだ。 せつなの為ではない。祈里が罪に押し潰されてしまわない為に。 「どうしてそう極端なのかなあ……」 よっこらしょ、とラブが祈里の横に腰掛ける。 青い顔で項垂れる祈里の頭をコツンと小突いた。 「天使か悪魔か、どっちかでなきゃいけないってコトないでしょ。 誰だってその間でふらふらしてるもんじゃない?」 「……でも………」 祈里はゆるゆると首を振る。 確かにそうだ。誰にだって天使のように優しくなれる時、悪魔のように残忍になれる時がある。 それでも、と祈里は思う。 いざという時。何か危機や困難に直面した時、天使か悪魔かどちらかにしかなれないなら、 ラブは間違いなく天使になる事を選べるだろう。 大切な人の為に。もしかしたら、見ず知らずの他人の為にさえ我が身を 投げ出せるのがラブだと知ってる。 でも自分はどうだろう。少し前までなら、自分だって天使になれると無邪気に信じられた。 でも、今は…。 息が苦しい。自分が身勝手で利己的な人間だと認めるのがこれほど痛いと知らなかった。 苦痛から逃げ出す人間だと思われたくない。 でも、初めて愛した人を、姉妹のような親友達を裏切り傷付けた自分を 真っ当な人間だと考えるのを己の心が拒んでいた。 お前に愛や信頼を口にする資格は無いのだ、と。 「ねぇ、ブッキー。あたしそんなにイイコじゃないよ…」 ラブはポリポリと頭を掻きながら溜め息をつく。 「今日だってさ…別に、せつなのカタキ取ろうとか、そんなんじゃない」 だって、そうでしょ?こんな事、せつなが喜ぶ訳ない。 余計に苦しませるだけだって考えなくたって分かるもん。 それなのにさ…… 「恐かったんだ、あたし」 「……恐かった…?」 「なんか、色々薄れていくのが……」 辛かった。悲しかった。痛くて苦しくてどうしようもなかった。 ただ息をして、生きていくのすら難しい気がしていた。 それでも時間が経つにつれ、少しずつ傷が癒えて行くのが感じられた。 せつなの笑顔に祈里が応え、美希が側にいてくれる。 同じ場所で笑っている自分がいる。楽しいと感じている自分がいる。 何もかも無かった事にしてしまいたい。 また四人で笑いながら過ごして行きたい。 このまま月日が流れ、すべてが遠い過去になってしまえば……。 「ホントは…そうなれば一番いいのかも。ゆっくり傷を治して、ゆっくりお互いを許し合って…」 でも、それは嫌なのだ。とラブは拳を握り締める。 悪夢にうなされるせつなを見る度に、せつなの中に残った祈里の影を感じてしまう。 苦しむせつなを見るのが辛いだけではない。 悔しいのだ。 ずっと大切に守っていきたかった。 手のひらにくるみ込み、胸で温めてきた宝物。 それに理不尽な力で大きな傷を付けられた。 その傷さえ愛しい、そう思えるほど大人にはなれなかった。 穏やかに過ごす四人での時間にふと痛みを忘れている自分に気付く。 束の間の安息に、もしかしたらこのまま。このまま、元に戻れるかも知れないと淡く胸が温まる。 それでも目の前の傷はそれを忘れさせてくれない。 一瞬でも忘れようとした自分が許せなくなる。 忘れたい。忘れられる訳がない。 許したい。許したくない。 戻りたい。出来るはずない。 もし奇跡が起きて時間を戻せたとしても…。 また同じ事が起こるかも知れない。 だって心は変わらないのだから。 どれほど時間を遡ってもせつなを好きな自分は変わらない。 祈里だってそうだ。 そしてせつなも。きっとまた好きになってくれる。 そう、躊躇うことなく信じられるのに。 なのに立ち止まったまま足掻いている。 せつなは血を流しながらも、その傷を抱いていくと決めたのに。 共に歩む為に前を向いているせつなが眩しかった。 せつなが選んでくれた。 私はあなたのもの。そう言ってくれた。 相応しくありたいのに。 薄汚れた嫉妬にもがく姿なんか見せたくないのに。 せつなと祈里が悪夢と言う名の逢瀬を重ねている。 そんな風に感じる自分が堪らなく矮小でいたたまれないのだ。 「馬鹿だよねぇ……。せつなはあたしが好きって言ってくれてるのに。 せつなの隣にいて恥ずかしくないようになりたいのに」 やってる事は逆ばっかだよ。 せつなの中の祈里は消せない。 それなら祈里の中のせつなを真っ黒に塗り潰してしまえばいい。 せつなと同じ目に。別の存在を祈里の奥深くに無理やり捩じ込んでしまえば…。 「何でだろうね。やっちゃった後でないとどんだけ馬鹿か分からない…」 多分、それも間違い。 やってしまった後でも理解なんて出来てないんだろう。 分かったつもりになるだけ。 美希を、傷付け蔑ろにしていた事を今まで気付けなかったように。 「あたしさあ、ブッキーも好きなんだよねぇ…」 「………ラブちゃん…」 「ブッキーもあたしが好きでしょ…?」 コクリ、と頷く祈里を見て、あんなことされたのに、とラブは苦笑いする。 でも本当にそうなのだ。 きっと、途中で止めて貰えなくても。この先悪夢にうなされたとしても。 ラブを嫌いになる自分は想像出来なかった。 羨ましくても、妬ましくても、ラブさえいなければ、とすら思った事はなかった。 「困ったよねえ。恋敵なのに」 「……せつなちゃんも、そうなの…?」 だから、これほどまでに庇ってくれる。 おずおずと尋ねる祈里にラブはあからさまに嫌な顔をする。 この程度の事で一緒にするな、そう顔に書いてあるのがありありと読み取れた。 また不用意な言葉を口にしてしまった事に祈里は身を縮める。 「せつなはブッキーが好きだよ。あたしの為に許さないだけ」 「…………………」 「あたしが…あたしが、ブッキーを許してしまわないように頑張ってるの知ってるから……」 「許して…しまわない、ように……?」 「……ホントに、分からない?」 くしゃくしゃになった表情を隠すようにラブは抱えた膝に顔を埋める。 祈里は頭を振りながら滲んできた涙を必死に堪えていた。 分からないはずはない。 ずっと前から分かっていた。 ラブもせつなも許してくれている。 祈里自身が自分を許せないから罰を与えてくれてただけ。 自分よりもずっとずっと傷付いているはずの二人が、更に我が儘に付き合っていてくれてただけなのだ。 想う相手を諦める。それがどれほど難しいか分かるから。 目の前で微笑む愛しい相手に指一本触れられない。 自分ではない、他の誰かの腕の中にいる想い人をただ見ているだけ。 それがどれほど心を引き絞られるかが分かるから。 ラブにはせつながいる。 せつなにはラブがいる。 それだけで、他に何もいらないから。 だから、すべてを許して痛みを堪えてくれていた。 堪えようと耐えてくれていた。 そして、少し零れ出してしまったのだろう。 荒れ狂う思いの塊をせつなにぶつける訳にはいかない。 それならば自ずと向ける相手は決まっている。 祈里には、傷付いても耐える義務があるのだから。 「ねえ…あたし達、もっと大人だったらこんな風にはならなかったのかな…。 もっと大人だったら、こんな馬鹿な真似、せずに済んだのかな…」 何の覚悟も出来ていなかった。 痛みを引き受ける覚悟も。 大切な人を傷付ける覚悟も。 どんな結果であろうと受け入れる覚悟も。 ただ何もせず、流れに身を任せる覚悟すら。 見苦しく足掻き、自棄になって刃を振り回す。 後で更なる後悔が待っているとも知らずに。 「美希たんに、謝ろっか。二人で…」 「……でも…」 今さら謝罪に意味なんてあるのだろうか。 (アタシは許さないから。) (これ以上、失望させないで。) 美希の凍えた声が頭を巡る。 裏切ってしまった、どんな時も真っ直ぐに手を差し伸べてくれ続けた人。 美希の瞳から放たれた氷の矢。 そんな視線を幼馴染みに向けなければいけなくなった美希に詫びる言葉なんかあるとは思えなかった。 「許してもらえなくても、さ。悪い事した時は謝らなきゃ」 「ラブちゃん…」 それにね、謝ってもらいたいもんなんだよ。許す、って言ってあげられなくても。 はぁ…。と、深く溜め息をつくラブを祈里は横からそっと見つめる。 ラブは何度こんな溜め息をついて来たのだろう。 「ごめんなさい」 「あたしにはもういいよ。さっき言ってもらったし」 「分かった」 「ああ、でも許した訳じゃないからね」 「うん。それも分かってる」 許す。とは言ってはいけない。 それはラブの意地なのだろう。 祈里は何となくそれを感じ取り、そのラブの気持ちが何故か嬉しかった。 祈里が叶わなくともせつなを想う。 その想いが続く限り、ラブは祈里を許すとは口には出さないつもりなのだ。 許しを請う為に謝るのではない。 少しでもマシな人間になりたいから。 的外れな謝罪しか出来ないかも知れない。 美希やせつなの気持ちなんて分かっていないのかも知れない。 それでも、言葉にしなければならない。 伝わらなくても。撥ね付けられても。 相手を思い、気持ちに寄り添う努力を放棄する言い訳なんてどこにもないのだから。 「ラブちゃん、わたし、謝りたい。美希ちゃんにも、せつなちゃんにも…」 初めて、そう口にした。 みっともなく掠れた声。怯えを隠せない震える唇。 謝罪はいらない。許したくない。せつなには、面と向かってはっきりそう言われた。 やってしまった事を謝るのではない。 余りにも愚かだった自分に気付けなかった事を謝りたい。 せつなが好き。多分、これからも。 美希が大切。それなのに守ってもらって当たり前になっていた。 せめて罪を償うに足る人間になりたい。 甘え、頼り、寄り掛かったままその事に気付きもしない。 そんな人間のままでいて良い訳がない。 急に強くはなれないのは分かっている。 でもせめて…自分の弱さや愚かさから目を背けずに。 一つ一つ、ほんの少しずつでも気付いた事を糧にして行きたい。 もう一度、友達と呼んでもらえるように。 第23話 閉じた世界からへ続く
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/784.html
ラブとせつな、どっちが嫁? ラブ「う~ん・・・」 せつな「むむむむむ・・・」 ラブ「ぬはーーーーー」 せつな「!!!」 ラブ「どっちも嫁でいいや!」 せつな「好きには変わりないわ!」 タルト「なんやねんこの流れ」 カオル「どっちもどっちじゃないの?グハッ」 せつな「じゃあ、ラブの勝ちということで、私がお嫁さんでいいわ。」 ラブ 「えっ、勝った方がお嫁さんなんじゃないの?」 せつな「え、そうだったの? 私お婿さんなの?」 ラブ 「うーん、違和感あると言えばあるねえ、やっぱり二人とも嫁だね。」 せつな「ラブが攻められたい晩には、私がお婿さんになってあげてもいいわ。」 ラブ 「ぬはー! ちょっとゾクっとしたよせつな!もいっぺん言って!」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/74.html
私にしか出来ない。美希はそう言った。 何となく、分かる。分かってしまう。祈里が何を望んでいるか。 でも、それでいいのだろうか。私には正しい事が分からない。 でも、祈里が欲しがっているものを与える事が出来るのは私だけ。 それが、本当に祈里の為になるのかは分からないけれど………。 心臓にラブの手の平の感触が残っている。 心は、すべてラブに預けて来た。怖いものなんて何もない。 きっと、祈里にも微笑む事が出来るだろう。 心身を苛まれた祈里との情事の記憶。それを心と体が忘れる事はない。 だけど、私は大丈夫。あれも祈里の本当の姿の一つ。 大切な親友の暗闇なら、それは私にとっても大切な一部に出来るはずだから。 私はリンクルンを手に取る。アカルンを呼び出す為に。 ……… ……………… 灰色の世界。メリハリのあるモノトーンですらない、無限に広がる薄墨の濃淡。 今のわたしがいるのはそんな世界。色もなく、音は水の中にいるように 滲んで膨張し、歪んで聞こえる。 でも、そんなわたしの様子を訝しがる人なんていない。 そんなに注意深くわたしを見て、気に掛けてくれる友達なんて あの3人の他にはいないから。 (ラビリンスって、こんな感じ……なのかしら?) 心一つで灰色に変わってしまった世界を、かつてせつなが暮らした所に 当て嵌めてみる。 (こんなのがラビリンスって言ったらせつなちゃんに叱られちゃうかな。) だって、自分以外は何も変わっていないのに。 教室ではクラスメイトがお喋りに花を咲かせている。 自分に話題が振られれば、適当に相づちを打ち、他の子に話題を流す。 ただそれだけの関係。 多分、学校ではいつもと変わりなく過ごせてる。 当たり障りのない雑談や、級友の頼まれ事をこなす。 それですべてが事足りる。 腫れ物扱いすら、されない。腫れて膿を持ち、疼く傷を抱えている事すら 気付かれない。 ラブや美希、そしてせつななら、自分がこんな風になっていたら 放っておいて欲しくても、そうはさせてくれないだろう。 それ以前に、ここまで沈み込む事を許してくれない。 悩みなんて寄ってたかって強制的にでも解決させられたかも。 色のない世界に閉じ籠る事を決めたのは自分自身。 今まで自分がどんなに色彩と温もりに溢れた世界で暮らしていたか 思い知らされる。 学校から帰ると、する事もなく冷えたベッドに突っ伏す。 もうせつなの香りもとうに消えてしまった。 けど、瞼を閉じれば有り有りと確かな感触を伴い、祈里だけのせつなが蘇る。 記憶の中のせつなを思う時だけ、鮮やかに色彩を纏って世界が変わる。 白磁の様にひんやりと滑らかなせつなの肌。 それが桜色に染まり、硬く強張っていた肢体が祈里の愛撫で 柔らかく解れてゆく。手の平に、唇に熱く吸い付き、そのまま永遠に 絡み合っていたい衝動に駆られる。 黒目がちな瞳に涙の膜を張り、望まぬ快楽を受け入れ、全身を戦慄かせる。 引き結ばれた紅唇は、何も付けなくてもいつもしっとりと艶めいて、 味わう祈里をうっとりとさせた。 白い歯の間から赤い舌が覗き、隠しきれない甘さを含んだ声がこぼれる。 それは耳から脳髄を蕩けさせるようななまめかしさで祈里を狂わせた。 その声音で名前を呼んで欲しかった。 でも体が快楽を受け入れた後は、もうせつなの中に祈里はいない。 せつなはいつもラブの幻影に抱かれていた。 だからせつなが達しそうになってくると、祈里は一切の声を発しない。 それまでは、散々に言葉でいたぶっても。強制的に祈里に愛を囁かせても。 我を忘れ、蕩けてしまえば口にするのはラブの名前だけだろうから。 息を弾ませ、胸を上下させるせつなの目に正気の光が戻ってくると、 決まって彼女は虚空を睨み、唇を噛み締める。 そこに、自分を犯し続ける憎い相手がいるように。 自分にのし掛かったままの祈里の存在を故意に無かった事にしようとするように。 せつなは、そうやって祈里への負の感情を毎回毎回、逃がしていたんだろうか。 祈里を、憎まずに済むように。 せつなはどれほど泣いても、祈里に憎悪の言葉を吐く事はなかった。 どうして、笑顔だけで満足出来なかっんだろう。 決して、手に入らない事は分かっていただろうに。 禁断の果実に手を出せば楽園を追放される。 聖書の頃からの決まりきったお約束なのに。 もぎ取ったところで、果実は食べてしまえばそれでお仕舞い。 唇を滴る芳しい果汁も心までは満たしてくれない。そんな事も知らなかった。 ラブの太陽のように弾ける眩しい笑顔。 美希の澄んだ青空のような晴れやかな笑顔。 せつなの、花がほころぶような可憐な笑顔。 自分はどんな風に笑っていたのだろう。もう、思い出せない。 「後悔なんて……してないもん。」 枕に顔を埋め、硬く目を閉じたたまま、祈里は呟く。 「謝ったりなんか、しない。」 だから気付かなかった。部屋の中に深紅の光が満ちた事に。 「そうなの?よかった。謝られたって困るもの。」 祈里の心臓は、冗談抜きで数秒止まった。 もうこの部屋では絶対に聞くはずのない声を聞いたから。 ようやく動き出した心臓を宥めながら、枕から顔を上げる。 ミシミシと音を立てて体が軋む。 ロボットのようにぎこちない動きで声のした方に視線を向け、体を起こす。 もしそこにいたのがヒグマや雪男でも、これほど動揺しない自信があった。 あり得ないだろう。 だって、彼女自身がもう来ないと言ったんだから。 「………せつなちゃん……。」 どうしてここに?理由を探るより前に、全身の細胞が歓喜に震えていた。 幻ではない、確かな質量を持った姿。空気が伝える体温。 モノクロの世界に瞬く間に艶やかな彩りが刷かれてゆく。 せつなが祈里の椅子に浅く腰掛け、背もたれに身を預けていた。 「安心した。ラブや美希の前で謝られたりしたら、どうしようかと 思ってたの。」 だって、面と向かって謝罪なんてされたら許さない訳にはいかないじゃない? せつなの形のよい唇が紡ぎ出すのは氷の破片を含んだ刃。 薄く紅唇の端を持ち上げ、清楚とも見える微笑みを浮かべている。 「謝罪なんて、そんなものいらないもの。」 私があなたを許す事なんてないと思ってね? せつなは傲然と祈里を見下ろす。少し前まで、立場は逆だった。 皮肉なものだ。ただ、座っている位置が入れ替わってるだけなのに。 せつなはベッドの上で怯え、祈里は女神のように震える囚われ人を ねめつけていた。 支配されていた。身も心も。 目の前で身を硬くして震えている小さな少女に。 今となれば分かるのに。どれほど祈里が怯えていたか。 必ず訪れる終わりに。終わりの後に待っている、終わりのない責め苦に。 せつなと再び同じ空間にいる。その喜びが祈里の全身に行き渡る前に、 せつなの言葉が脳に届く。 上昇した体温が急速に下がり、指先が冷たくなる。 何も驚く事などないはずなのに。まかり間違っても、優しい言葉や 親しみの籠った表情を貰えるはずなどないのに。 祈里は自分の卑しさに身を捩りたくなる。 期待していた。せつなからの甘い温かさを。 叶わぬ想いを抱えた祈里の辛さを労ってくれるのではないかと。 「だって、せつなちゃんが、好きだったんだもの………。」 それなのに、言葉が勝手に唇を離れて行く。 今になって、こんな事言っても何もならないのに。 「せつなちゃんが、欲しかったの。」 せつなはモノじゃない。 そう、ラブに言われたばかりなのに。どうして、こんな事しか言えないのだろう。 「わたし、せつなちゃんがいれば…他に何もいらないよ……。」 だからお願い。わたしを見て。 「嘘ばっかり。散々私をおもちゃにしたくせに。」 楽しんでなかったなんて言わせない。 今さら綺麗な言葉で取り繕わないで。 せつなの瞳に影が落ちる。憐れむような、蔑むような。 薄く微笑んだまま、せつなは祈里の哀願を一蹴する。 「……わたしの事、嫌いにはなれないって言ってくれた……。」 容赦のないせつなの爪に祈里の柔らかな部分が毟り取られる。 祈里はせつなの視線にすがり付く。 せつなを愛してる。弄びたかった訳じゃない。 それだけは、信じて欲しかった。 「じゃあ、そうしてあげるわよ?」 「……え………?」 「あなたのモノになってあげる。これから二人でどこかへ消えましょう?」 せつながリンクルンを振って見せる。 「本当に、何も分かってないのね。」 誰も知らない場所で、二人きりで生きていくの。 あなたを守ってくれる人も、頼れる人もいない。何一つ持たず、誰にも告げず ここから出で行ける? 私がいれば他に何もいらないんでしょう? だったら、出来るわよね?出来るなら、連れて行ってあげる。 そこで、あなただけを見ていてあげるわよ。 私には、本当にそれが出来るもの。 せつなは本気で言っている。それが分かり、祈里の背筋に霜が降りる。 だって、それはせつなはそれを既に経験しているから。 命すら奪われ、体一つでさ迷う事を余儀なくされたせつな。 もし、ラブに迎え入れられなかったらどうなっていたのだろう。 それを思った瞬間、祈里は底の見えない穴に引き込まれるような 感覚に、全身が総毛立った。 祈里がせつなから奪ったもの。それは一時、体を貪るだけの事ではなかった。 せつなが底知れぬ闇から這い上がり、ようやく掴んだもの。 祈里にとっては持っているのが当たり前で、存在を意識する事すらなかったもの。 人は息が出来なくなって、初めて自分が空気に包まれていることを意識する。 祈里が、せつな以外はいらない。そう思えたのは余りに当たり前に 幸せに包まれていたから。 せつなを自分だけのものに出来る。 二人だけで見知らぬ場所で。 祈里も何度も夢想した事がある。 胸を締め付ける途方もなく甘美で、少しばかりのやるせなさを含んだ妄想。 現実には起こり得ないと分かってるからこそ浸る事の出来る、 無邪気で幼稚な一人遊び。 「馬鹿な子。」 せつなは祈里に歩み寄り、惚けたように自分を見つめる祈里の顎に指を掛ける。 「こちらに来て学んだことの一つがね、豊かな人ほど欲張りって事。」 どうしてあんなに欲しがるのかしら?両手にも抱えきれないくらい 沢山持っているのに。 腕から溢れてこぼれ落ちてもお構い無し。 こぼれた分まで、また余分に掴み取ろうとするの。 ねえ、あなたは何でも持っていたじゃない。 温かい家族。分かり合える親友。未来への夢。それを叶える事の出来る環境。 出来の良い頭。可愛らしい容姿。 他にもたくさん。 それなのに、なぜ私まで欲しがるの? 私の他には何もいらない。そんなの嘘。 あなたは何一つ捨てられはしない。 だって自分がどれほどの物を持っているか。そんな事、考えたことすら ない人なんだから。 「あなたは欲張りで、傲慢で、残酷な子供よ。」 自分が持っていないから。それだけの理由で、他の子の片手にも満たない 少ないおもちゃも取り上げられるんだから。 あなたは私から、ラブへの想いと、初めて出来た親友を奪い取ろうとしたの。 打ちのめされる、と言うのはこう言う事なんだろうか。 罪を理解してるつもりだった。 償う為、自分の辛さから逃げていないつもりだった。 何一つ、理解していなかった。単なる独り善がりな自己満足。 泣いてはいけない。そう自分に課した罰さえ忘れ、祈里の頬は溢れる涙で 幾筋もの模様が画かれていた。 せつなは細く繊細な指で祈里の顔中をなぶる。 瞬きすら忘れた瞳から流れ落ちる涙を頬に伸ばし、しどけなく開いた唇を 形の良い爪で弾く。 祈里はされるがままに、せつなを見つめていた。 「……どうすれば、いいの……?」 許して欲しいなんて夢にも思わない。 ただ罪の深さに溺れたくない。 どうすればいい?教えて欲しい。どうすれば、溺れずに済むの? どうすれば………ほんの少しでも償えるの? 「奪ったものを、返してくれればそれでいいわ。」 ラブへの想いは自分で取り戻した。ラブがもう一度与えてくれた。 「私の親友を、返して。」 ブッキーはいつもおっとりと優しく微笑んでくれたの。 彼女といると、ゆったり穏やかな気持ちになれた。 我が儘で身勝手なあなたなんていらない。 ブッキーを、返して。 「………無理よ……。」 また、以前のようにせつなに微笑むなんて出来ない。 ラブの隣で、ラブの愛情で包まれてるせつなと、今までと同じように 並んで歩けと言うのだろうか。 「やりなさい、祈里。」 それ以外のものは受け取らない。あなたは笑わなくてはいけない。 私や、ラブや、美希の為に。 あなたの気持ちなんてどうでもいいの。 だって、これは罰なんだから。辛くなければ意味がないでしょう? あなたは見ていなければいけないの。私が幸せになるところを。 微笑んで、祝福して、そしてあなた自身も見付けるの。 私を手に入れる以外の幸せをね。 せつなの顔が、ゆっくりと降りていく。 祈里は自分の唇がせつなの唇で塞がれるのを、感じた。 何度も味わったはずの唇。 それなのに、初めて触れ合うかのような甘美さに、頭が痺れる。 魔に魂を奪い取られる瞬間は、こんな感じなのかも知れない。 穢れのない天使の口付けのように穏やかなのに、天使には持ち得ない 官能を揺さぶる背徳感。 舌の先すら絡まないのに、粘膜が擦れ合う淫靡さに体の奥から潤いが降りてくる。 無意識に腕が上がり、せつなの腰を抱き締めようとしていた。 「駄目よ。」 柔らかく、しかし短くせつなが拒絶する。 唇を重ねたまま言葉を発したので、開いた隙間で歯が軽く触れる。 「あなたから、私に触れるのは許さない。」 祈里はビクリと震え、所在なげにダラリと両腕を垂らす。 せつなは唇を離し、祈里の唇を指でなぞる。 祈里は自分の唇を這っている白い指の腹をちろりと舐めた。 せつなが咎めないのを見て、指に舌を絡め口腔内に引き込む。 人差し指と中指を音を立ててしゃぶり、指の又に舌を這わせる。 「触らないでと言ったはずよ。」 しばらく祈里の好きにさせた後、指を引き抜き祈里のシャツで無造作に拭う。 潤んだ瞳で見上げてくる祈里。 その胸中は多分に糖分を含んだ痛みに溢れていた。 せつなの側で、せつなの幸せを見届ける。 決して触れられない。二度と、過ちは冒せない。 祈里の背筋に粟立つように震えが走る。 一瞬で終わる許しより、緩やかに永く続く痛みと胸苦しさを。 それが、せつなのくれた罰。 また一筋、涙が流れ落ちる。 悲しいからではない。ようやく、救われた。 痛みを抱き、罰を孕んで生きていく。せつなが逃げ道を示してくれた。 祈里が壊れないように。笑う事に罪悪感を覚えないように。 「今度は、玄関から来るわね。」 ラブや美希と一緒に。 せつなが淡く微笑みを残し、消えて行った。 もう、泣いても良いんだ。後悔か、安堵か、何の涙かは分からない。 それでも、声が枯れるまで祈里は泣いた。 せつなは、祈里がせつなを愛し続ける事を許してくれたのが分かったから。 あなたを愛しています。 例え、指一本触れる事が許されなくても。 ……… …………… (私、絶対アカルンの使い方間違ってるわよね。) せつなは苦笑する。もう何度、自分と祈里の部屋を往復しただろう。 ベッドに腰掛け溜め息をつく。 その途端に、今まで大人しくしていた心臓が胸の中で暴れだした。 せつなは左胸を掴み、顔を歪める。跳ね返る鼓動を抑えようとしながら、 瞳を閉じる。 あれで良かったのか分からない。 ただ、自分は知ってる。 罪を犯した人間は許されるだけでは救われない事を。 罰を与えて欲しい。償いたい。例え、何の意味もない自己満足だとしても。 誰が許すと言っても、自分で自分を許せなければ、穏やかな眠りは訪れない。 彼女を、祈里を罰する事が出来るのは、自分だけだ。 (祈里………笑って…?) 例え、償いの為の無理強いでも。 あなたは偽りの微笑みだと感じるのかも。 でもね、私は知ってる。笑顔は幸せを呼び寄せてくれるって。 あなたが自分を騙して、心ない表情を浮かべているつもりでも。 笑顔はいつか本物になれる。 だって私の事、好きになってくれたあなたは、本当に素敵な笑顔を 私にくれてたもの。 だから祈里。最初は嘘でもいいの。 きっと、次に会った時は笑ってくれるわよね? 『せつなちゃん!』そう、呼んで手を振ってくれる。 あなたには、それが出来るって、私は信じてるから。 黒ブキ25エピローグへ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/346.html
第15話 傷跡と道標 私にしか出来ない。美希はそう言った。 何となく、分かる。分かってしまう。祈里が何を望んでいるか。 でも、それでいいのだろうか。私には正しい事が分からない。 でも、祈里が欲しがっているものを与える事が出来るのは私だけ。 それが、本当に祈里の為になるのかは分からないけれど………。 心臓にラブの手の平の感触が残っている。 心は、すべてラブに預けて来た。怖いものなんて何もない。 きっと、祈里にも微笑む事が出来るだろう。 心身を苛まれた祈里との情事の記憶。それを心と体が忘れる事はない。 だけど、私は大丈夫。あれも祈里の本当の姿の一つ。 大切な親友の暗闇なら、それは私にとっても大切な一部に出来るはずだから。 私はリンクルンを手に取る。アカルンを呼び出す為に。 ……… ……………… 灰色の世界。メリハリのあるモノトーンですらない、無限に広がる薄墨の濃淡。 今のわたしがいるのはそんな世界。色もなく、音は水の中にいるように 滲んで膨張し、歪んで聞こえる。 でも、そんなわたしの様子を訝しがる人なんていない。 そんなに注意深くわたしを見て、気に掛けてくれる友達なんて あの3人の他にはいないから。 (ラビリンスって、こんな感じ……なのかしら?) 心一つで灰色に変わってしまった世界を、かつてせつなが暮らした所に 当て嵌めてみる。 (こんなのがラビリンスって言ったらせつなちゃんに叱られちゃうかな。) だって、自分以外は何も変わっていないのに。 教室ではクラスメイトがお喋りに花を咲かせている。 自分に話題が振られれば、適当に相づちを打ち、他の子に話題を流す。 ただそれだけの関係。 多分、学校ではいつもと変わりなく過ごせてる。 当たり障りのない雑談や、級友の頼まれ事をこなす。 それですべてが事足りる。 腫れ物扱いすら、されない。腫れて膿を持ち、疼く傷を抱えている事すら 気付かれない。 ラブや美希、そしてせつななら、自分がこんな風になっていたら 放っておいて欲しくても、そうはさせてくれないだろう。 それ以前に、ここまで沈み込む事を許してくれない。 悩みなんて寄ってたかって強制的にでも解決させられたかも。 色のない世界に閉じ籠る事を決めたのは自分自身。 今まで自分がどんなに色彩と温もりに溢れた世界で暮らしていたか 思い知らされる。 学校から帰ると、する事もなく冷えたベッドに突っ伏す。 もうせつなの香りもとうに消えてしまった。 けど、瞼を閉じれば有り有りと確かな感触を伴い、祈里だけのせつなが蘇る。 記憶の中のせつなを思う時だけ、鮮やかに色彩を纏って世界が変わる。 白磁の様にひんやりと滑らかなせつなの肌。 それが桜色に染まり、硬く強張っていた肢体が祈里の愛撫で 柔らかく解れてゆく。手の平に、唇に熱く吸い付き、そのまま永遠に 絡み合っていたい衝動に駆られる。 黒目がちな瞳に涙の膜を張り、望まぬ快楽を受け入れ、全身を戦慄かせる。 引き結ばれた紅唇は、何も付けなくてもいつもしっとりと艶めいて、 味わう祈里をうっとりとさせた。 白い歯の間から赤い舌が覗き、隠しきれない甘さを含んだ声がこぼれる。 それは耳から脳髄を蕩けさせるようななまめかしさで祈里を狂わせた。 その声音で名前を呼んで欲しかった。 でも体が快楽を受け入れた後は、もうせつなの中に祈里はいない。 せつなはいつもラブの幻影に抱かれていた。 だからせつなが達しそうになってくると、祈里は一切の声を発しない。 それまでは、散々に言葉でいたぶっても。強制的に祈里に愛を囁かせても。 我を忘れ、蕩けてしまえば口にするのはラブの名前だけだろうから。 息を弾ませ、胸を上下させるせつなの目に正気の光が戻ってくると、 決まって彼女は虚空を睨み、唇を噛み締める。 そこに、自分を犯し続ける憎い相手がいるように。 自分にのし掛かったままの祈里の存在を故意に無かった事にしようとするように。 せつなは、そうやって祈里への負の感情を毎回毎回、逃がしていたんだろうか。 祈里を、憎まずに済むように。 せつなはどれほど泣いても、祈里に憎悪の言葉を吐く事はなかった。 どうして、笑顔だけで満足出来なかっんだろう。 決して、手に入らない事は分かっていただろうに。 禁断の果実に手を出せば楽園を追放される。 聖書の頃からの決まりきったお約束なのに。 もぎ取ったところで、果実は食べてしまえばそれでお仕舞い。 唇を滴る芳しい果汁も心までは満たしてくれない。そんな事も知らなかった。 ラブの太陽のように弾ける眩しい笑顔。 美希の澄んだ青空のような晴れやかな笑顔。 せつなの、花がほころぶような可憐な笑顔。 自分はどんな風に笑っていたのだろう。もう、思い出せない。 「後悔なんて……してないもん。」 枕に顔を埋め、硬く目を閉じたたまま、祈里は呟く。 「謝ったりなんか、しない。」 だから気付かなかった。部屋の中に深紅の光が満ちた事に。 「そうなの?よかった。謝られたって困るもの。」 祈里の心臓は、冗談抜きで数秒止まった。 もうこの部屋では絶対に聞くはずのない声を聞いたから。 ようやく動き出した心臓を宥めながら、枕から顔を上げる。 ミシミシと音を立てて体が軋む。 ロボットのようにぎこちない動きで声のした方に視線を向け、体を起こす。 もしそこにいたのがヒグマや雪男でも、これほど動揺しない自信があった。 あり得ないだろう。 だって、彼女自身がもう来ないと言ったんだから。 「………せつなちゃん……。」 どうしてここに?理由を探るより前に、全身の細胞が歓喜に震えていた。 幻ではない、確かな質量を持った姿。空気が伝える体温。 モノクロの世界に瞬く間に艶やかな彩りが刷かれてゆく。 せつなが祈里の椅子に浅く腰掛け、背もたれに身を預けていた。 「安心した。ラブや美希の前で謝られたりしたら、どうしようかと 思ってたの。」 だって、面と向かって謝罪なんてされたら許さない訳にはいかないじゃない? せつなの形のよい唇が紡ぎ出すのは氷の破片を含んだ刃。 薄く紅唇の端を持ち上げ、清楚とも見える微笑みを浮かべている。 「謝罪なんて、そんなものいらないもの。」 私があなたを許す事なんてないと思ってね? せつなは傲然と祈里を見下ろす。少し前まで、立場は逆だった。 皮肉なものだ。ただ、座っている位置が入れ替わってるだけなのに。 せつなはベッドの上で怯え、祈里は女神のように震える囚われ人を ねめつけていた。 支配されていた。身も心も。 目の前で身を硬くして震えている小さな少女に。 今となれば分かるのに。どれほど祈里が怯えていたか。 必ず訪れる終わりに。終わりの後に待っている、終わりのない責め苦に。 せつなと再び同じ空間にいる。その喜びが祈里の全身に行き渡る前に、 せつなの言葉が脳に届く。 上昇した体温が急速に下がり、指先が冷たくなる。 何も驚く事などないはずなのに。まかり間違っても、優しい言葉や 親しみの籠った表情を貰えるはずなどないのに。 祈里は自分の卑しさに身を捩りたくなる。 期待していた。せつなからの甘い温かさを。 叶わぬ想いを抱えた祈里の辛さを労ってくれるのではないかと。 「だって、せつなちゃんが、好きだったんだもの………。」 それなのに、言葉が勝手に唇を離れて行く。 今になって、こんな事言っても何もならないのに。 「せつなちゃんが、欲しかったの。」 せつなはモノじゃない。 そう、ラブに言われたばかりなのに。どうして、こんな事しか言えないのだろう。 「わたし、せつなちゃんがいれば…他に何もいらないよ……。」 だからお願い。わたしを見て。 「嘘ばっかり。散々私をおもちゃにしたくせに。」 楽しんでなかったなんて言わせない。 今さら綺麗な言葉で取り繕わないで。 せつなの瞳に影が落ちる。憐れむような、蔑むような。 薄く微笑んだまま、せつなは祈里の哀願を一蹴する。 「……わたしの事、嫌いにはなれないって言ってくれた……。」 容赦のないせつなの爪に祈里の柔らかな部分が毟り取られる。 祈里はせつなの視線にすがり付く。 せつなを愛してる。弄びたかった訳じゃない。 それだけは、信じて欲しかった。 「じゃあ、そうしてあげるわよ?」 「……え………?」 「あなたのモノになってあげる。これから二人でどこかへ消えましょう?」 せつながリンクルンを振って見せる。 「本当に、何も分かってないのね。」 誰も知らない場所で、二人きりで生きていくの。 あなたを守ってくれる人も、頼れる人もいない。何一つ持たず、誰にも告げず ここから出て行ける? 私がいれば他に何もいらないんでしょう? だったら、出来るわよね?出来るなら、連れて行ってあげる。 そこで、あなただけを見ていてあげるわよ。 私には、本当にそれが出来るもの。 せつなは本気で言っている。それが分かり、祈里の背筋に霜が降りる。 だって、それはせつなはそれを既に経験しているから。 命すら奪われ、体一つでさ迷う事を余儀なくされたせつな。 もし、ラブに迎え入れられなかったらどうなっていたのだろう。 それを思った瞬間、祈里は底の見えない穴に引き込まれるような 感覚に、全身が総毛立った。 祈里がせつなから奪ったもの。それは一時、体を貪るだけの事ではなかった。 せつなが底知れぬ闇から這い上がり、ようやく掴んだもの。 祈里にとっては持っているのが当たり前で、存在を意識する事すらなかったもの。 人は息が出来なくなって、初めて自分が空気に包まれていることを意識する。 祈里が、せつな以外はいらない。そう思えたのは余りに当たり前に 幸せに包まれていたから。 せつなを自分だけのものに出来る。 二人だけで見知らぬ場所で。 祈里も何度も夢想した事がある。 胸を締め付ける途方もなく甘美で、少しばかりのやるせなさを含んだ妄想。 現実には起こり得ないと分かってるからこそ浸る事の出来る、 無邪気で幼稚な一人遊び。 「馬鹿な子。」 せつなは祈里に歩み寄り、惚けたように自分を見つめる祈里の顎に指を掛ける。 「こちらに来て学んだことの一つがね、豊かな人ほど欲張りって事。」 どうしてあんなに欲しがるのかしら?両手にも抱えきれないくらい 沢山持っているのに。 腕から溢れてこぼれ落ちてもお構い無し。 こぼれた分まで、また余分に掴み取ろうとするの。 ねえ、あなたは何でも持っていたじゃない。 温かい家族。分かり合える親友。未来への夢。それを叶える事の出来る環境。 出来の良い頭。可愛らしい容姿。 他にもたくさん。 それなのに、なぜ私まで欲しがるの? 私の他には何もいらない。そんなの嘘。 あなたは何一つ捨てられはしない。 だって自分がどれほどの物を持っているか。そんな事、考えたことすら ない人なんだから。 「あなたは欲張りで、傲慢で、残酷な子供よ。」 自分が持っていないから。それだけの理由で、他の子の片手にも満たない 少ないおもちゃも取り上げられるんだから。 あなたは私から、ラブへの想いと、初めて出来た親友を奪い取ろうとしたの。 打ちのめされる、と言うのはこう言う事なんだろうか。 罪を理解してるつもりだった。 償う為、自分の辛さから逃げていないつもりだった。 何一つ、理解していなかった。単なる独り善がりな自己満足。 泣いてはいけない。そう自分に課した罰さえ忘れ、祈里の頬は溢れる涙で 幾筋もの模様が画かれていた。 せつなは細く繊細な指で祈里の顔中をなぶる。 瞬きすら忘れた瞳から流れ落ちる涙を頬に伸ばし、しどけなく開いた唇を 形の良い爪で弾く。 祈里はされるがままに、せつなを見つめていた。 「……どうすれば、いいの……?」 許して欲しいなんて夢にも思わない。 ただ罪の深さに溺れたくない。 どうすればいい?教えて欲しい。どうすれば、溺れずに済むの? どうすれば………ほんの少しでも償えるの? 「奪ったものを、返してくれればそれでいいわ。」 ラブへの想いは自分で取り戻した。ラブがもう一度与えてくれた。 「私の親友を、返して。」 ブッキーはいつもおっとりと優しく微笑んでくれたの。 彼女といると、ゆったり穏やかな気持ちになれた。 我が儘で身勝手なあなたなんていらない。 ブッキーを、返して。 「………無理よ……。」 また、以前のようにせつなに微笑むなんて出来ない。 ラブの隣で、ラブの愛情で包まれてるせつなと、今までと同じように 並んで歩けと言うのだろうか。 「やりなさい、祈里。」 それ以外のものは受け取らない。あなたは笑わなくてはいけない。 私や、ラブや、美希の為に。 あなたの気持ちなんてどうでもいいの。 だって、これは罰なんだから。辛くなければ意味がないでしょう? あなたは見ていなければいけないの。私が幸せになるところを。 微笑んで、祝福して、そしてあなた自身も見付けるの。 私を手に入れる以外の幸せをね。 せつなの顔が、ゆっくりと降りていく。 祈里は自分の唇がせつなの唇で塞がれるのを、感じた。 何度も味わったはずの唇。 それなのに、初めて触れ合うかのような甘美さに、頭が痺れる。 魔に魂を奪い取られる瞬間は、こんな感じなのかも知れない。 穢れのない天使の口付けのように穏やかなのに、天使には持ち得ない 官能を揺さぶる背徳感。 舌の先すら絡まないのに、粘膜が擦れ合う淫靡さに体の奥から潤いが降りてくる。 無意識に腕が上がり、せつなの腰を抱き締めようとしていた。 「駄目よ。」 柔らかく、しかし短くせつなが拒絶する。 唇を重ねたまま言葉を発したので、開いた隙間で歯が軽く触れる。 「あなたから、私に触れるのは許さない。」 祈里はビクリと震え、所在なげにダラリと両腕を垂らす。 せつなは唇を離し、祈里の唇を指でなぞる。 祈里は自分の唇を這っている白い指の腹をちろりと舐めた。 せつなが咎めないのを見て、指に舌を絡め口腔内に引き込む。 人差し指と中指を音を立ててしゃぶり、指の又に舌を這わせる。 「触らないでと言ったはずよ。」 しばらく祈里の好きにさせた後、指を引き抜き祈里のシャツで無造作に拭う。 潤んだ瞳で見上げてくる祈里。 その胸中は多分に糖分を含んだ痛みに溢れていた。 せつなの側で、せつなの幸せを見届ける。 決して触れられない。二度と、過ちは冒せない。 祈里の背筋に粟立つように震えが走る。 一瞬で終わる許しより、緩やかに永く続く痛みと胸苦しさを。 それが、せつなのくれた罰。 また一筋、涙が流れ落ちる。 悲しいからではない。ようやく、救われた。 痛みを抱き、罰を孕んで生きていく。せつなが逃げ道を示してくれた。 祈里が壊れないように。笑う事に罪悪感を覚えないように。 「今度は、玄関から来るわね。」 ラブや美希と一緒に。 せつなが淡く微笑みを残し、消えて行った。 もう、泣いても良いんだ。後悔か、安堵か、何の涙かは分からない。 それでも、声が枯れるまで祈里は泣いた。 せつなは、祈里がせつなを愛し続ける事を許してくれたのが分かったから。 あなたを愛しています。 例え、指一本触れる事が許されなくても。 ……… …………… (私、絶対アカルンの使い方間違ってるわよね。) せつなは苦笑する。もう何度、自分と祈里の部屋を往復しただろう。 ベッドに腰掛け溜め息をつく。 その途端に、今まで大人しくしていた心臓が胸の中で暴れだした。 せつなは左胸を掴み、顔を歪める。跳ね返る鼓動を抑えようとしながら、 瞳を閉じる。 あれで良かったのか分からない。 ただ、自分は知ってる。 罪を犯した人間は許されるだけでは救われない事を。 罰を与えて欲しい。償いたい。例え、何の意味もない自己満足だとしても。 誰が許すと言っても、自分で自分を許せなければ、穏やかな眠りは訪れない。 彼女を、祈里を罰する事が出来るのは、自分だけだ。 (祈里………笑って…?) 例え、償いの為の無理強いでも。 あなたは偽りの微笑みだと感じるのかも。 でもね、私は知ってる。笑顔は幸せを呼び寄せてくれるって。 あなたが自分を騙して、心ない表情を浮かべているつもりでも。 笑顔はいつか本物になれる。 だって私の事、好きになってくれたあなたは、本当に素敵な笑顔を 私にくれてたもの。 だから祈里。最初は嘘でもいいの。 きっと、次に会った時は笑ってくれるわよね? 『せつなちゃん!』そう、呼んで手を振ってくれる。 あなたには、それが出来るって、私は信じてるから。 第16話 エピローグ一緒に歩いてゆく(第1期完結)へ続く
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1156.html
美希「うかない顔ね、せつな。どうかしたの?」 せつな「私ね、気が付かないうちに、視力がかなり落ちてるみたいなの。」 ラブ「えーっ!?ドーナツの穴が、よく見えないとか?」 せつな「それって悪過ぎると思うけど・・・。ほら、この前学校で視力検査があったでしょう?その結果が、2.0だったの。」 ラ・美「・・・・・・。」 祈里「あのね、せつなちゃん。学校の視力検査では、2.0以上は測らないの。それくらいよく見えれば、もう十分だから、って。」 せつな「そうなの?」 ラブ「じゃあさ、ちゃんと測ったら、せつなの視力ってどれくらいなの?」 せつな「そうね・・・。今まで、4.0を切ったことは無いわ。」 ラブ「すごっ・・・。」 美希「どんだけ見えるのよ・・・。」 祈里「そう言えば、ラブちゃんも目はいいんだよね?」 美希「ちょっとブッキー!このタイミングで訊く?って言うか、「目は」って・・・」 ラブ「うん!あたしは小学校上がってからずーっと、視力1.5だよっ!」 美希「・・・さすがラブだわ。気にしないのね。」 祈里「いいなぁ。美希ちゃんは?」 美希「アタシは・・・ラブやせつなほどは、良くないわよ。」 祈里「そうなんだ。わたしは最近、黒板の文字が見えにくくなっちゃって。」 ラブ「ブッキーは、勉強のしすぎだよぉ。あのね、遠いところを見るようにするといいんだって。あたしとせつなは、ベランダでしょっちゅう、星や月を見てるもんねっ!」 せつな「ええ。でも、私は月よりもラブの・・・」 ラブ「え?何か言った?せつな。」 せつな「ううん、何でもないの!(月よりもラブの顔を見てる、なんて言えない・・・。)」 祈里「せつなちゃん、顔、真っ赤・・・。」 美希「ふふ~ん。まあその話は後でじ~っくり聞くとして、遠くを見渡せる場所なら、他にもあるんじゃない?」 ――ということで、みんなでクローバーの丘へ。 美希「やっぱり、ここからなら四つ葉町がひと目で見渡せるわね。」 ラブ「うわーっ、見て見て、あの犬!あの人、可愛い巻き毛の犬を二匹連れているよ!」 せつな「ホントね。良く似た犬だわ。兄弟かしら。」 祈里「ううん、お友達だと思うけど、兄弟じゃないわ。手前の子はアメリカン・コッカー・スパニエルで、向こう側の子がイングリッシュ・コッカー・スパニエルね。良く似た犬種だけど、ほら、手前の子の方が、頭の形が丸いし、毛の長さが少し長いでしょう?」 ラブ「たはは~。毛が長いって言われても・・・。」 美希「そんなの、遠すぎてわかんないわよ。」 せつな「凄いじゃない、ブッキー。よく見えるわね。」 祈里「え、そう?やっぱり好きなものだと、違うのかしら。」 ラブ「わかった!ブッキーは、遠くのワンちゃんを見るようにすればいいんだよ。じゃあじゃあ、美希たんは~・・・」 せつな「ねぇ、美希。あそこに見える、赤い看板って何かしら。」 美希「きゃぁぁぁぁ~!た、た、たたた・・・」 ラブ「ああ、あれは駅前のタコ焼き屋さんだよ。美希たん、あんな小さな看板、読めたの?じゃあ全然、目が悪くなんかないじゃん。」 せつな「やっぱり、好きなものと同じくらい、嫌いなものって目に入っちゃうものなのね。」 美希「コラ、せつな~!もう、許さないんだからぁ!!」 ~END~
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/379.html
金曜日、せつなは久しぶりに学校に行った。 本当は週明けから登校の予定だったけど、早く行きたいと言う本人の希望。 それに、週末ならもしまた疲れて体調を崩しても土日で休めばいいだろう、 と言うお母さんの判断からだった。 クラスはちょっとした騒ぎだった。 休み時間は色んな子が入れ替わり立ち替わり。 せつなが疲れないかとちょっと心配したけど、嬉しそうにクラスメイトと お喋りしてる様子にホッとしたりも。 生真面目なせつなは、休みの間もちゃんと自習してたみたいで 授業の遅れなんかも問題ないみたい。 「せつなぁ、疲れてない?」 「平気よ。久しぶりにみんなに会えて楽しかった。」 「あんま無理しちゃダメだよー。」 「本当に平気だってば。」 帰り道、まだ少し興奮気味のせつな。 ニコニコと楽しげな笑顔にこっちも嬉しくなる。 また、こんな風に笑い合えるようになれた。 そして他愛のないお喋りに興じながらも、あたしの心はつい別の欲求が……。 (………もう、そろそろいいんじゃないかな……?) 学校に行き始めた。と、言う事はせつなは体調面ではほぼ回復したって事で。 体調が戻った、と言う事は、つまり…… (………もうそろそろ、ね……?) 夕飯時、今日一日の事を話しながらの団欒。 お父さんもお母さんも、すっかり元気を取り戻したせつなに安心したみたい。 弾む会話を耳の端で捕らえながらも 、あたしは気もそぞろ。 何度か頓珍漢な受け答えをしてしまったらしく、お母さんやせつなに 妙な顔をされてしまった。 (さて……、どうするか。) 夜、バスタイムも済ませ後は寝るだけ。 せつなが倒れて以来、せつなに添い寝するのが習慣になっていた。 腕枕したり、おでこにお休みのキスをしたり。 腕の中で安らかな寝息を立てるせつなを見て、自分も幸せな気分に浸れた。 (エッチするのが、すべてじゃないよね。) 安心しきったせつなの寝顔を眺めながら、今までの自分を反省した。 無理に体を繋がなくたって心が繋がっていれば、こんなにも満たされる。 でもまぁ、そんな清らかな気持ちは続くもんじゃないね………。 だって、大好きな人が腕の中にいるんだもん。 甘い髪の匂い。ぴったり密着した柔らかい体。至近距離で誘うように 少し開いた、ふっくらした唇。時々、寝言で「ラブぅ~……」なんて囁かれて、 ギュッと抱きつかれたりなんかして。 正直、何度理性が振り切られそうになったか……。 なまじ、ぴったりくっついてるもんだから一人で、その…ね? いろいろイタして欲求不満を解消するワケにもいかず。 (そろそろ解禁……してもいいと思うんだよ。) 高鳴る胸を鎮めながら、ベランダからせつなの部屋へ。 せつなはラブの姿を認めると、微笑んでベッドを半分空けて待っている。 ラブが滑り込むと、せつなは嬉しそうに身を擦り寄せて来る。 (……ちょっと、がっつき過ぎかなぁ。) 無邪気な笑顔のせつなを抱き締めながら、ラブはちょっと反省する。 学校に行き始めた、その日の晩から待ってましたとばかりに、 手を出すのは……。 さすがにお行儀が悪いだろうか。 いやいや、でも十分お利口さんに我慢してたんだし。 あー……、でもなぁ。 「ねぇ……、ラブ?」 悶々と考え込んでいるラブを不信に思ったのか、せつなが上目遣いに ラブを覗き込んでいた。 「あぁ…、ゴメン、何?」 「あのね、……私、今日学校に行ったでしょ?」 「うん、そだね。疲れなかった?」 「うん。それで、その……もう、元気だと思うの、私。 ………だから、……その…」 「……?!」 俯き、目を伏せてもじもじするせつな。その顔は薄暗い部屋でも はっきり分かるくらい赤くなっていて…。 (これって……。これってもしかして……!) 「………して…、欲しいな……。」 ボンっ!と音が聞こえるくらいに頭に血が昇った。 今のあたしの顔はせつなも比べ物にならないくらい真っ赤っ赤のはずだ。 今までの数え切れないくらい抱き合って来たけど、せつなの方から こんな事を言ってきたのは初めてだ。 「…あの、嫌ならいいんだけど……。」 「イヤイヤイヤ!まさかまさか!」 あれ?ちょっと、せつな。何か涙ぐんでない? 「え?ちょっ!何で泣いてんの?」 「……だって、嫌なのかなぁって……。」 「ちょっと待ってよ。何でそうなるの?嫌なワケないでしょ!」 「……ずっと、キスも……してくれなかったし。」 ………脱力した。何でそうなるかな。 あのねぇ、せつな。出来るワケないでしょ。 キスなんかしたら我慢できなくなっちゃうに決まってる。 何のための禁欲生活なんだか。 あたしは、はあっ…と溜め息をついてせつなに覆い被さった。 「…ラ、ラブ?」 あたしがせつなの胸に顔を埋めると、せつながおずおずと頭を撫でてくる。 「もう、何のための我慢なんだか。せつなが寂しい思いしてたなら、 意味ないよ。」 あたしは顔を上げて、せつなの頬を両手で挟む。 「ずっと我慢してたの。ずっと、せつなに触りたくて仕方なかったんだよ?」 せつなが何か言いかけたのを、人差し指で止める。 何を言おうとしたか分かったから。 「ごめんなさい、は無しだよ。」 せつなが困ったように苦笑する。やっぱり、謝ろうとしてたんだ。 「だから、これからはちゃんと話そうね。」 悪い癖だ。相手の気持ちを確かめもしないまま、落ち込んだり傷付いたり。 言葉も気持ちも、出し惜しみして良いことなんてないのにね。 「……分かったわ。」 潤んだ瞳のまま、ようやくちょっと微笑んでくれた。 堪らなく、愛しい。 二度と、辛い思いなんてさせたくない。 「………抱くよ?」 パジャマの上から柔らかな膨らみをなぞる。 久しぶりに手のひらで感じる、せつなの乳房。 布越しに乳首を引っ掻くと、はあっ…とせつなが息の塊を吐き出す。 せつなはラブの首を抱き寄せ、キスを求める。 唇が触れ合った瞬間、ラブの中で今まで辛うじて押し留めてあった欲望が弾け、 溢れ出した。 (ああ……、ダメだ。ゴメン、せつな…) 吐息まで絡め取ろうとラブの舌が、せつなの舌を逃がすまいと追いかける。 パジャマのボタンを外すのももどかしく、思い切りに左右に引っ張る。 ボタンが幾つか弾け飛んだ。 下着ごとズボンを引き下ろし、足を開かせ、その間に自分の体を割り込ませる。 指の跡が付くほど強く乳房を揉みしだく。痛みにせつなが眉を寄せ、呻く。 外気に晒され、尖った乳首を人差し指で弾き、さらに硬くなったところを 摘まんで捻る。 「…!!やっ…!はぁあああ…!はっ…あ…」 思い切り開かせた腿の間に顔を埋め、濡れ始めた部分に吸い付く。 秘唇を抉じ開け、舌を捩じ込むとせつなは声にならない泣き声を上げ、 弓なりに背を反らした。 「はぁっ…、はあっ…、はあっ…あっ、あっ………あぁぁ!!」 舌で解した肉の入り口に指を沈めて行く。内壁の粘膜が指を包み込み、 奥へ誘うように蠢く。 痛々しいほどに赤く充血した蕾を硬く尖らせた舌先でくすぐると、 舌が触れる度にせつなの腰がびくびくと小刻みに跳ねた。 頭の上で、はっ、はっ、はっとせつなが細かく息を付くのが聞こえる。 矢継ぎ早な強い刺激に声をあげる事もできなくなっているのだろう。 限界まで膨れた蕾を強弱を付けて吸い、指で中を深く抉る。 「ーーー!!くぅっ…!んっ、んっ!」 せつなが体を硬直させ、ピンと伸ばした足先がきゅっと丸まる。 硬くシーツを掴んでいた手を開かせ、ラブは自分の指を絡ませる。 「……せつな………。」 虚ろな目で息を弾ませているせつなを、そっと抱き締める。 背中にせつなの腕が回されるのを感じる。 どうして、こんな風にしか出来ないんだろう。 優しく、するつもりだった。お姫様に傅くように。宝物を扱うように。 優しく、優しく綿毛のように愛撫して。 痛い思いも、苦しい思いもさせず、ただせつなが気持ちよくなれるように。 それなのに、せつなを欲しがる心を体が制御できない。 容赦のない、性急な愛撫。攻め立てるように貪る事しか出来なかった。 「ゴメン、……せつな…。」 「どして?……どして、謝るの?」 私、嬉しかったのに。 我を忘れて、ラブが求めてくれてる。自分を抑えられないくらいに。 「ラブ……優しかったわよ?」 「……そんなワケないよ…。」 「ホントに。……すごく、大切に抱いてくれた……。」 違うの? 悲しくなるくらい、綺麗なせつなの笑顔。 どうして、せつなはこんなにも綺麗でいられるんだろう。 幾つもの闇を潜り抜けて来たせつな。その度に、曇りが研がれ、 複雑な光を孕んで輝きを増してきた。 「これでお仕舞い?」 いたずらっぽく、せつなが見詰める。 「ラブは、まだ足りないんじゃないの?」 「……そんな事言って。知らないよ?」 泣いても、止めないからね? ラブもパジャマを脱ぎ捨て、再び、お互いの体に手を伸ばす。 素肌に直接感じる温もり。体の芯が熱く蕩け出す。 もう、せつなのくれる温もり以外に何も考えたくなかった。 せつなの片足を抱え、お互いの秘肉を重ねる。 ちゅく…と濡れた音を立てて、秘唇が吸い付き合う。 快感が脊髄を駆け昇り、全身に広がる。 ラブは取り憑かれたように夢中で腰を振る。 蜜の絡んだ突起が擦れ合う度に、突き抜けるような快楽に全身が さざ波立つ。 寄せては返す波のように、体の隅々まで満ちた快感が、また繋がった部分に集まってくる。 「せつなっ……せつな…せつな…、せつな…ぁ…」 「…ラブ……ラブっ……ラブ………」 うわ言のように、お互いの名前を繰り返す。 それ以外の言葉を忘れてしまったかのように。 もう、どちらがどちらの体かも分からない。 絡み合い、もつれ合い、それなのに決して一つには溶け合えない。 どちらが何度、絶頂を迎えたかも分からない。 意識が遠のき、片方が与える刺激で目覚め、また飽く事のない 快感の波に飲み込まれてゆく。 溶け合えいないもどかしさが哀しくて、ひたすらすべてを忘れて睦み合う。 (……きりがない…。) どれほど求め合っても、波が引くとまた次が欲しくなる。 もっと、もっと、もっと……。 やがて、意識が白濁し、ぬるま湯に浸されるように、眠りに引き込まれて行った。 窓から差し込む薄青い光で、夜明けが近いと知れた。 全身にせつなの温もりを感じる。 体を絡め合ったまま、同時に意識を失ったのだろう。 「……ラブ……。」 薄く目を開け、せつなが額を寄せる。 ラブは唇に軽く口付けてから、少し体を離す。 せつなの体に残る、おびただしい愛撫とも言えない蹂躙の痕。 キスマークだけでなく、強く掴んだ指の跡が痣になり、所々噛み痕すら 残っている。 「……痛かった…よね?」 痣や歯形に指を這わせながら、ラブは自己嫌悪に陥りそうになる。 いくら容赦しないと言っても、やり過ぎだ。 「平気よ?私だっていっぱい付けたし。」 確かに、ラブの体にも花弁を散らしたようにキスマークが踊っている。 「せつなの、平気よ、はアテになんないからなぁ。」 せつなの頭を抱きかかえると、首筋にクスクスと笑う吐息がかかる。 「ね………、せつな。……本当に、あたしでいいの?」 せつなのたった一人の恋人。 手を繋ぎ、共に歩く。抱き合い、その唇に触れる事が許される。 ズルい聞き方だ。 ラブがいいの。ラブじゃなきゃ嫌。そう言って欲しいのが見え見えだ。 言ったそばから恥ずかしくなり、抱き締める腕に力が籠る。 せつなは答えてくれない。 少し不安に襲われ、ラブはせつなを覗き込む。 心の奥底まで、見透かすような瞳。せつなにじっと見詰められ、ラブは微かにたじろぐ。 せつなはラブの手を取り、ゆっくり体を起こし、ラブの手のひらを 自分の左胸に導いた。 「しっかり、掴んで。」 手のひらに、脈打つせつなの鼓動。 「あなたのものよ。」 ラブはせつなの心臓を握り込むように、乳房を掴む。 ラブも同じく、せつなの手を自分の左胸に押し当てる。 そのまま、唇を重ねる。 触れ合うだけの、長い長い口付け。 「……誓いのキス、みたいだね。」 永遠の愛を誓う、神聖な儀式。 時は流れる。人は変わる。それが分からないほど、二人は幼くはない。 けど、それでもまだ、永遠を信じられる。 信じたいと思っている。 病める時も。 健やかなる時も。 死が二人を別つまで………。 青い薄闇から、白く光り始めた朝日の中。 神様にではない。 お互いの手のひらの中、強く脈打つ命に、 そう、誓った。 6-659最終章へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/801.html
御子柴邸へ! 左手の親指の爪の下辺りに、歪んだ“m”の字のように見える傷。そして中指の腹の部分には、赤黒く斜めに走る線のような傷。 丁寧に洗った二つの傷を新しい絆創膏で覆って、祈里は静かにため息をついた。 (健人君・・・やっぱり何か隠しているのかな。) 夕方、せつなが挙げた不審な点を、ひとつひとつ思い返す。考えれば考えるほど、彼女の指摘は的を射ているように思われた。 祈里は他の三人と違って、健人が警備員たちを引き連れて街を闊歩していた様子を見ていない。だから、その話をラブから聞いた時にはどうにもイメージが湧かなかったのだが、昼間、喫茶店で健人に会って、確かにその様子が普段と明らかに違うと感じた。 二度目のため息をついて、昨日みんなに見せたあの船上パーティーの招待状に、もう一度目をやる。 昨年の秋、健人に招待され、ドレスまでプレゼントされて、気乗りがしないまま仕方なく出かけた船上パーティー。慣れない華やかな場所でコチコチに緊張したものの、健人もやはり不安を抱えているのだと知って、祈里はようやく少し落ち着くことが出来た。 その後、ウエスターが船にソレワターセを憑依させたため、キュアパインに変身したのだが、健人はパインと動物たちと一緒に、必死で戦ってくれた。「みんなで力を合わせるんだ!」と動物たちに叫んだあの声は、今でもはっきりと覚えている。 (でも、今日の健人君は、力を合わせるっていうより、みんなの力を断って、一人で頑張ってるっていうか・・・何だかいつもの健人君じゃないみたいだった。あんな顔、今まで見たことあったかなぁ。) そう心の中で呟いた時、不意に何かが引っかかった。 (・・・今まで見たことあった・・・?まるでいつもの健人君じゃないみたい・・・?) 深く濁った水の底から何かがプカリと浮かび上がってくるような、そんな感覚。思わず目の前の封筒を、もう一度見つめる。 ――えっ?この封筒なら見たことがあるぞ。 昨日、この封筒をみんなに見せた時、隼人がそんなことを言っていなかったか? 確かにあの船上パーティーの時、ウエスターはその場に現れたが、それは船をソレワターセにするために、パーティーに潜り込んだのだと思っていた。だが、この封筒を見たことがあるということは、実はウエスターは、あの船上パーティーに正式に招待されていたのかもしれない。 でも――だとしたら、一体誰に? そして、今日の健人の、一瞬も自分たちと目を合わせようとしなかった、一見堂々としているのに、少しも落ち着きのなかった姿を思い出す。 まるで自分の周りに高い壁を作って、そこから抜け出せなくなっているような、あの姿――それは、ついこの間の自分の姿ではなかったか? 深い悲しみの底で、心が硬く冷たく閉ざされ、その悲しい現実だけでなく、誰の言葉も、誰の想いも受け取れなくなってしまった――何だか自分が自分じゃないみたいだった、あの時の気持ち。 (そう。まるで突然起こった不幸が、どんどん自分の内側に入り込んでくるみたいな・・・えっ?) あともう少し。もう少しのところに、何か答えのようなものがある気がする。 祈里は逸る気持ちを抑え、机の前に座った。スタンドを点け、ノートを広げてペンを手に持つ。何となく、こうやって腰を据えれば、何かが見つかるような気がしたから。 ナケワメーケのコアである黄色いダイヤを、ノーザに渡したウエスター。 そのウエスターが招待された、御子柴家の船上パーティー。 今頃になって現れた、黄色いダイヤを付けたナケワメーケ。 そのナケワメーケの残骸に触れて、不幸に陥った自分。 その時の自分と同じような雰囲気を持つ、御子柴家の一人息子・健人の様子――。 (・・・まさか、そんな!) 祈里は愕然とした表情で、ポロリとペンを取り落した。 あまりにも突拍子もない考えだと思う。でも、それならつじつまが合うんじゃないか、という気もした。いずれにせよ、少しでも可能性があるなら、確かめないわけにはいかないだろう。 壁にかかった時計を見る。もう早いとは言えない時間だが、まだ寝てはいないかな、と思えるくらいの時間――。 祈里は少しためらってから、意を決したように、リンクルンに手を伸ばした。 イエローハートの証明 ( 第8話:御子柴邸へ! ) その電話がかかって来た時、せつなはパジャマ姿で、自分の部屋のベッドにラブと並んで腰かけ、とりとめのない話をしているところだった。 せつながこの部屋で暮らしていた頃は、ベランダで、あるいはどちらかの部屋で、よくこうやって肩を並べて他愛もないおしゃべりに興じたものだ。その時は、部屋で話すときは大抵ラブの部屋でだったのだが、今回の帰省中は、ラブがせつなの部屋にやって来ることの方が多かった。 突然鳴り出したリンクルンに黄色い光が点滅するのを見て、せつなが少し心配そうに眉をひそめる。 こんな時間に、祈里から電話とは珍しい。何か悪い知らせでなければ良いが・・・そう思いながら電話に出ると、普段より硬い祈里の声が耳に飛び込んできた。 「もしもし、せつなちゃん?ごめんね。こんな時間に悪いんだけど、隼人さんと連絡取れないかな。」 「一体どしたの?」 電話の向こうで、祈里が、あのね・・・と言って口ごもる。 「ちょっと気になることがあって・・・。何か証拠があるわけじゃないし、ただの思い過ごしかもしれないんだけど。」 「ちょっと待って。ここにラブもいるから、二人で一緒に聞いてもいい?」 せつながそう言って、リンクルンをラブに渡す。耳の良いせつなは、こんな肩が触れ合うような距離なら、隣りにいるラブの受話器から漏れる祈里の言葉を聞き取るくらい、わけはない。 ラブも心得たもので、うん、と真剣な顔で頷くと、リンクルンを挟んで頬と頬とがくっつきそうなくらい、せつなの方ににじり寄って来た。 あまりの近さに、せつなが少し顔を赤らめてから、それでもラブとの距離はそのままに、じっと耳をそばだてる。 「いいよ、ブッキー。話して。」 ラブの声を合図に、祈里は考え考え、話し始めた。 「あのね。昨日みんなに招待状を見せた、去年の秋の船上パーティーなんだけど・・・。あの時、隼人さんがパーティーに招待されていたのか、もしそうだとしたら、誰に招待されたのか、それが訊きたいの。」 電話の向こうが、一瞬、しんと静まってから、再びラブの声がした。 「でもさぁ、ブッキー。あの時、隼人・・・ウエスターは、船をソレワターセにしたでしょう?招待されたんじゃなくて、船に忍び込んだんじゃないのかなぁ。」 「わたしも最初はそう思っていたんだけど、隼人さん、昨日、あの招待状を見たことがあるって言ってたでしょ?忍び込んだんなら、招待状なんて見てないはずよ。ということは、やっぱり正式に船に乗ったんじゃないかと思うの。」 「うーん・・・でも、ウエスターって御子柴家と何か関わりがあったの?何もないのに招待されるなんて、ヘンだよね。」 「ううん、もしかしたら、ヘンじゃないのかもしれないわ。」 ふいに、ラブの声の向こうから、低くて小さな声が聞こえた。ゴソゴソという音の後に、電話の主がせつなに替わる。 「ブッキー。ひょっとして、ウエスターが船上パーティーに招待されたのは、何かの代償だったんじゃないか――そう思ってるんじゃない?」 「だいしょう?」 今度はラブの声が遠い。せつなが、ラブと祈里、両方に話しているような調子で言葉を繋ぐ。 「見返り、っていうことよ。あの頃のラビリンスでは、それが当たり前だった。何かを手に入れるためには、引き換えに、必ず何か代償が必要だったの。 そして、船上パーティーの招待状と引き換えに渡されたのが・・・」 「ええ。ひょっとして、あのダイヤは御子柴家の誰かに渡されたんじゃないかって・・・そう、思ってしまったものだから。」 えーっ!?というラブの叫び声が、電話口から離れているのに、耳に痛いようなボリュームで聞こえた。 ☆ すぐに隼人に連絡を取ることにして、祈里との電話を一旦切る。そして、せつなは机の引き出しの中から、携帯電話によく似た小さな機械を取り出した。 異空間通信機。ここへ帰って来る前にサウラーに渡されたもので、同じものを隼人も瞬も持っている。ラビリンスと四つ葉町という異世界間でも通話ができる、ラビリンスの超科学の結晶。それは同じ世界に居る同士の場合でも、勿論通話が可能だった。 隼人の番号を呼び出してコールするが、電源が切られているとのメッセージが流れる。不審に思いながら瞬にかけてみると、今度はワンコールで、押し殺したような低い声が聞こえた。 「やぁ、どうしたんだい?」 「ちょっと隼人に訊きたいことがあるんだけど、通信機の電源が入っていないみたいなの。瞬、あなた今、隼人と一緒?」 せつなの問いに、電話の相手が軽いため息をついたのが聞こえた。 「一緒に居ることは居るけどね、彼は今、電話には出られないよ。ちょっと取り込んでいてね。」 「取り込んでるって、こんな時間に一体何を・・・」 そう言いかけて、せつなが不意に押し黙る。電話の向こうからかすかに聞こえた、ある音が気になったのだ。 「ねぇ、瞬。あなた今、どこにいるの?」 「どこって、四つ葉町公園に決まってるだろ。」 「本当に?今、何かおかしな雑音が聞こえたみたいだったけど。」 「ああ、隼人が今、こんな時間からドーナツを揚げていてね、その油の音だろう。取り込んでいるっていうのは、そのことだよ。全く、こんな時間からいい迷惑だ。」 瞬の声には少しの揺らぎもなく、平静そのものだ。 せつなは、そう、と低い声で呟くと、じゃあ明日の朝かけ直す、と早口で瞬に言った。 あっさりと電話を切ったせつなに、ラブが心配そうに問いかける。 「隼人さんとは、話が出来なかったの?瞬さん、何だって?」 「ラブ・・・。あの二人は、どうやらもう二人だけでどこかに向かっているようだわ。きっと健人君の家よ。」 せつなの、一見淡々とした――しかし深い悲しみに満ちた声音に、ラブは息を呑んで彼女を見つめた。 ☆ 「電話、イースからだったのか?」 「ああ。幸か不幸か、君が通信機の電源を切っていたせいでね。」 瞬――いや、今は白い闘衣に身を包んだサウラーの、少し恨みがましい口調に、ウエスターは前を向いたまま、すまん、と呟いた。 「まあ、それはいいさ。しかしマズい時にかかって来たな。彼女のことだ、もう僕らの行動には、きっと気が付いているよ。」 「お前が上手く話してくれたんじゃないのか。」 「そのつもりだったんだが・・・さっき、閉店しようとしている飲食店の前を通ったろ?あれが失敗だった。」 せつなの耳が捉えたのは、四つ葉町で一番遅くまで開いているレストランのシャッターが閉まる音だったのだ。確かに公園に居ては、この音はまず耳に入らない。 咄嗟に、せつなにとっても馴染みが無いであろう音を引き合いに出したのだが、あれでごまかされる彼女ではないはずだ。 そう。二人はせつなが睨んだ通り、いつもの公園に居るわけでは無かった。既に人気のなくなった四つ葉町商店街を、御子柴邸に向かってひた走っていたのである。 「全く。君が彼女たちに黙って一人で決着をつけようなんて、らしくないことをするからだよ。」 「仕方ないだろう?今回のことは、まだ分からないことが多すぎる。これからどんな危険が待っているか知れないんだ。そんなことに、今はもう普通の少女の力しか持っていないあいつらを、巻き込みわけにはいかないじゃないか。それに・・・これは元々、俺が撒いた種だ。」 ウエスターが、真っ直ぐ前を向いたまま、低い声で言う。 ノーザに渡したダイヤのことをすっかり忘れていたのは、あのダイヤが既に使われたものと思い込んでいたためだった。世界中のおもちゃが子供たちの手から消えた、と聞いた時、ノーザさんはやっぱりやることがデカいと、密かに感心したのを覚えている。 だが、昨日あの招待状を見たとき、かつてノーザから同じものを手渡されたことを思い出して、ウエスターは――隼人は微かな疑念を抱いた。 「ウエスター君。人質作戦って言葉、あなた知ってるかしら・・・。」 そう言って楽しそうな笑みを浮かべながら、ノーザがあの封筒と、新しいソレワターセの実とを差し出してきたあの日――あれはウエスターがノーザのために黄色いダイヤを召喚した、ほんの少し後のことだったのだ。 ひょっとして、あのダイヤは使われずに残っているんじゃないか――その疑念を、カオルちゃんに背中を押されて確かめてみると、やはりダイヤは使われていないことが分かった。 (あの封筒がダイヤの代償だったのだとしたら、ダイヤはまだこの世界・・・おそらく御子柴家に――。) どうして今まで気付かなかったのだろう。自分のうかつさにまた腹が立って来て、ウエスターはグッと奥歯を噛みしめる。そして、隣りを走る白い影に、ちらりと目をやった。 「お前も付いて来なくていいんだぞ、サウラー。」 「ほぉ。これまた、いつも仲間仲間ってうるさい君らしくない発言だね。」 「言っただろう。今回のことは、俺の・・・」 「君だけの責任じゃないさ。僕だって、近くに居たのにそんなことにまるで気付かなかったんだからね。」 独り言のような低い声でそう言ってから、サウラーが我に返ったように、わざとらしく肩をすくめる。 「心配しなくても、僕は僕の興味で向かっているだけだよ。僕の探索にも引っかからない方法で、あのダイヤがどうやって保管されていたのか、見てみたくてね。」 そう言ってニヤリと笑う仲間の顔から、ウエスターはぷいと顔をそむけた。 「勝手にしろ。イースたちが来る前に終わらせるぞ。」 「ああ、そう願いたいね。」 あの屋敷に何が待っていようとも、ダイヤを見つけ出して処分する。もう二度と、この世界に不幸をばらまくことが無いように――。 二人の走るスピードが、ぐんと上がる。この長い通りを抜ければ、住宅街。御子柴邸は、その一番奥まったところにあった。 ☆ せつなの話を聞いて、ラブはすっくと立ち上がった。 「行こう、せつな。すぐにブッキーに電話して。あたしは美希に・・・」 「ちょっと待って、ラブ。行くって、御子柴家へ?」 慌てて制するせつなに、力強く頷くラブ。 「でも・・・あの二人はきっと、御子柴家にこっそり忍び込んでダイヤを探すつもりよ?今の私たちに、あの二人についていく力なんて無いわ。」 「分かってる。それでも、二人だけで行かせるわけにはいかないよ!」 きっぱりとそう言い切ってから、ラブは表情を和らげて、せつなの顔を覗き込んだ。 「ねえ、せつな。確かにあたしたちは、隼人さんたちと同じことは出来ないよ。でも、隼人さんたちには無理でも、あたしたちだから出来ることだって、あるじゃない。」 「私たちだから・・・出来ること?」 不思議そうに小首を傾げるせつなに、ラブはニコリと笑って、今度は優しく頷いた。 「健人君と隼人さんたちは、お互いのことをよく知らないよね。でもあたしたちは、健人君とも、隼人さんや瞬さんとも友達でしょ?だから、あたしたちが一緒に居た方が、みんな話がしやすいはずだよ!」 こんな夜遅くに押しかけて、話し合いも何もないんじゃ・・・と言いかけて、せつなは口をつぐむ。 ラブが言っているのは、そういうことではないのだろう。 友達同士を争わせたくない。その場に居て、両方が幸せな結末となるように、少しでも力になりたい――ラブの想いは、きっとそういうことだ。 自分だって、健人の様子がおかしいのは気になるし、何より隼人と瞬の二人が心配だ。確かに二人とも、この世界の人間が及びもつかないような力を持っているけれど、その力に任せて御子柴家に忍び込み、ナケワメーケのコアとなるダイヤを排除する――今回の事件がそれだけで済む単純なものとは、せつなにはどうも思えないのだ。 とはいえ、ここでみんなが乗り込めば、今度はみんなが危険な目に遭うおそれが、十分にある。 せつなは、上目づかいにラブの顔を見て、おずおずと言った。 「ねえ、ラブ。仲裁役っていうだけなら、何も四人で行かなくても・・・」 「せつな、忘れたの?あたしたちは、いつだって四人。四人一緒なら、出来ないことなんて無いよ!それに、健人君も、隼人さんと瞬さんも、あたしたちみ~んなの友達でしょ?」 ラブが、一言一言を噛みしめるようにそう言って、もう一度せつなの顔を覗き込む。 その目は、強くてあたたかな光をいっぱいに湛えていた。かつては受け止めることも、真っ直ぐに見ることすらも出来なかった光――そして、これまでどんな時もせつなを励まし、導いてくれた光。 (ラブは変わらないわね。あの頃から、少しも。) かつてのように目をそらすことなく、真っ直ぐに、愛おしそうにラブの顔を見つめて、せつなは少し照れ臭そうな笑顔で、しっかりと頷いた。 「・・・分かったわ。みんなで、行きましょう。」 ☆ 洋服に着替え、二人で一階に下りる。リビングのドアの隙間からはまだ明かりが漏れていて、テレビの音と、あゆみと圭太郎の話し声がかすかに聞こえていた。 ひとつ大きく深呼吸してから、ラブがドアを開ける。 「お父さん、お母さん。」 「あら、ラブ、せっちゃん。どうしたの?こんな時間に。」 あゆみが台所から出てきて、驚いた顔で二人の姿を見つめる。二人の真剣な顔つきを見て、圭太郎もテレビを消してこちらにやって来た。 「あたしたち、これから行かなくちゃいけないところがあるの。帰りは凄く遅い時間になっちゃうと思うけど・・・でも、どうしても行かなきゃいけないの。だから、行ってきます!」 「ちょっと待ちなさい、ラブ。一体どこへ行くって言うのよ。」 「それは・・・」 口籠もるラブの後を、せつなが引き取る。 「ごめんなさい、今は言えないの。でも、そんなに遠くじゃないから心配しないで。」 「どうしても、今行きたいのか?もう夜も遅いし、明日の朝になってからの方が・・・」 「ごめんなさい。今じゃなきゃダメなの。」 心配そうに二人の顔を見比べる圭太郎に、今度はラブが頭を下げる。 あゆみは、圭太郎とそっと顔を見合わせ、小さくため息をついてから、改めて二人の娘たちに向き直った。 「どこに行くのか、何をするのか。それは、今は言えないって言うのね?分かったわ。じゃあ、二人がこれから何のために出かけるのか、それを教えてちょうだい。」 「何の・・・ために?」 ラブがきょとんとしてオウム返しに呟き、せつなは不安そうな眼差しであゆみを見つめる。 あゆみは、ええ、と頷くと、いつになく真剣な声音で言葉を続けた。 「二人とも、こんな夜遅くから出かけて親に心配かけると思ったから、こうして言いに来たんでしょう?だったら、わたしたちがあなたたちを信じて送り出せるように、言えることは、ちゃんと言いなさい。 何のために行きたいのか――そしてどうしたいのか。親として、それだけは聞かせてもらいます。」 きっぱりとそう言い切って、あゆみは二人の答えを待つ。 圭太郎は、娘たちを静かに見つめたまま、そんなあゆみの肩に、そっと手を置いた。 「それは、健・・・えーっと、友達のためだよ!あたしたち、今すぐ友達を助けに行きたいの。ねっ、せつな。」 「ええ。私、そのために精一杯頑張るわ!」 ラブが叫ぶように答え、せつなが力強く頷く。 だが、あゆみはそれを聞いて、一瞬だけ心配そうに眉をひそめた。そしてすぐに真剣な表情に戻って、さらに畳みかける。 「そう、友達のため・・・。それだけなの?」 「えっ?」 ラブとせつなが、揃って声を上げる。 「お母さん、何言ってるの?それだけじゃ、いけないの?」 ラブが、驚きと不満が入り交じった表情で、あゆみに詰め寄った。が、あゆみは少しも動じない。 「こんな遅い時間から、わざわざパジャマを洋服に着替えて、お母さんにお小言を貰って・・・。それでも友達のためだから仕方が無い、我慢して行かなきゃって、そう思ってるっていうこと?」 「ちょっとお母さん!そんな意地悪な言い方しなくたっていいじゃん!」 ラブが、なおもあゆみに詰め寄ろうとした、その時。 「いいえ、我慢なんかじゃないわ。」 低く、柔らかく、でも凛として揺るぎのない声が、リビングに響いた。 せつなが、真っ直ぐにあゆみを見つめてから、そっと目を閉じる。少しの間そうしてから、ゆっくりと言葉を押し出した。 「私たちが・・・私が、みんなと一緒に友達を助けたいの。一人で抱え込んだり、無理して頑張ったりしている友達のそばに行って、一人じゃないって、そう伝えたいの。それは私たちにしか出来ないし、私がやりたいことだから。」 そう言って静かに目を開けたせつなは、あゆみを見つめて声を震わせながら、それでもはっきりと言った。 「だから――行かせて、お母さん。」 今、やっと分かった。ウエスターとサウラーが、過ちの精算のために二人だけで御子柴邸へ向かったと知った時、なぜあんなに悲しいと思ったのか。 彼らの気持ちは、手に取るように理解できたはずだった。自分が蒔いてしまった不幸の種は、自分で刈り取らなければ、という想い。たとえ自分はどうなっても、仲間を巻き込みたくない、という願い。その気持ちは、あの時、一人で不幸のゲージを壊しに行ったときの自分の気持ちそのものだったからだ。 それなのに、今は二人の決意を知って、言いようのない悲しみを覚える。 仲間だなんて少しも思っていなかった、出し抜くべき同僚としての出会いも、プリキュアとラビリンスとして激しく敵対した過去も、関係ない。いや、そんな過去があってやっと仲間になれた彼らだからこそ、ラブや美希や祈里と同じように、一緒に笑っていたい――その想いが、心に強く湧き上がってくる。それが、自分の幸せな未来だと思える。 (みんなも――ラブや美希やブッキーも、あの時、こんな気持ちでいてくれたのかしら・・・。) 目を瞑ると、底抜けに明るくあたたかな、ラブの笑顔が浮かんだ。悪戯っぽくパチリとウィンクしている美希。おっとりと優しい口調で話す祈里。 四つ葉町を離れてから、何度も何度も脳裏に思い描いた、仲間たちの姿――。 こういう時、決まって自分の姿はそこには無い。自分は自分の目には映らないのだから、それが当然だ、とずっと思っていた。 でも、今は何だかいつもと少し違った。相変わらず自分の姿は見えないけれど、仲間たちがとても近くに感じられる。全員が、せつなにあたたかな笑顔を向け、楽しそうにウィンクしてみせ、嬉しそうに話しかけてくる。 おまけに、せつなに向かって得意げにドーナツを差し出すウエスターと、そんな彼に肩をすくめてから、せつなにニヤリと笑いかけるサウラーの姿まで浮かんできた。 (そう・・・。今まで私は、みんなの未来は描けても、そこに自分の姿を描けていなかったのね。) 健人やウエスターやサウラーを助けたいのは、彼らみんなと笑い合える、そんな未来を作りたいから。そういう未来に、自分も居たいから。 そして、その未来に自分が居ることが、仲間たちの幸せでもあるんだって、今はっきり、そう信じられた。 あゆみが、せつなの顔を見つめて、やっと表情を緩める。 優しさに満ちた、そして、心配そうな表情になるのを必死で抑えているような、そんな笑顔で、あゆみはせつなに頷いて見せた。 「行きなさい、せっちゃん。お父さんもお母さんも、ここで精一杯応援してるわ。」 「お母さん・・・ありがとう!」 涙声でやっとそれだけ言うせつなを、あゆみがしっかりと抱き締める。そして、同じように潤んだ瞳でせつなを見つめるラブを、もう片方の手で抱き寄せた。 「ラブも、しっかりね。お友達を助けて、必ずみんなで帰ってらっしゃい。」 「うん、任せといて!」 ラブは、あゆみの腕の中で、明るく声を張り上げる。 「二人とも、気を付けて行くんだぞ。」 圭太郎があゆみの後ろから、右手をラブの、左手をせつなの肩に置いて、深く静かな声で言った。 「はい!!」 娘たちが声を揃えて返事をするのを聞いて、あゆみと圭太郎がそっと手を離す。 きりりと表情を引き締め、外に飛び出す二人の後ろ姿を、父と母は、祈りを込めて見守った。 ☆ 表通りに出てみると、商店街はもうどの店もシャッターを下ろしていた。闇に慣れない目に、夜の街がなお一層ガランと寂しげに感じられる。 「せつな、こっち!」 「ええ、わかってる!」 ささやき合いながら、住宅街の方に向かって駆け出そうとする二人。と、その時、不意に横合いから、一筋の眩しい光の線が走った。続いて光を追うようにして、大きな影が現れ、二人の行く手を遮る。 色まではよく分からないが、見慣れた形の大きな車。そして、その窓から二人に手を振っていたのは――。 「美希たん!ブッキー!それに・・・カオルちゃん!」 思わず叫んだラブに、車の中の三人が揃って人差し指を唇に当てた。 いつもはドーナツ・スタンドになっているはずの後部座席に座った祈里がドアを開け、カオルちゃんが運転席からこちらを振り返る。 「乗りな、お嬢ちゃんたち。」 「カオルちゃん、ありがとう!でも・・・どうして?」 「話は後。急いでるんだろ?」 「はい。助かります!」 ラブとせつなが急いで祈里の隣りに乗り込む。美希と祈里も、ラブとせつなから電話をもらって駆け出したところで、車に乗せてもらったらしい。 カオルちゃんは、夜なのに相変わらずのサングラスを押し上げ、いつもののんびりとした口調で言った。 「それじゃ、ちょーっと飛ばすから、しっかり捕まっててね~。」 次の瞬間、夜の四つ葉町商店街を、音速のドーナツ・ワゴンが駆け抜けた――。 ☆ その頃、御子柴邸では、健人が屋敷の長い廊下を歩いていた。思い詰めたような、何か意を決したような、そんな顔つきだ。 普段はほとんど使われない、裏庭へと通じるドアを開け、人目を気にしながら外に出る。 小さな星が夜空に瞬いて、そんな健人を見下ろしている。が、健人は懐中電灯の淡い光を頼りに足元ばかりを気にしながら、ただ一人、ある場所を目指して進んでいた。 ~第8話・終~ 地下に眠るものへ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/106.html
夜もふけた、桃園家のラブの部屋。 「ラブ」 あたしを呼ぶ声がする。 一瞬にして頭は覚醒するが、体は全く反応できない。 「起きてる?」 月明かりを背にして立つせつなは、影になっていて表情は窺えない。 「ラブ、起きてる?」 今度は近くから、あたしの耳元で囁くように言う。 返事をしようとするが、金縛りにあったかのように、体を動かすことができない。 耳にせつなの吐息がかかる。その吐息だけで、 せつなに馴染んだあたしの体は、快感を受け入れる準備を始める。 ふいに、せつなはあたしの首筋を人差し指でなぞりはじめた。 その感触に、口から言葉にならない溜息のようなものが漏れる。 「やっぱり起きていたのね」 と月の僅かな光で見えるせつなの顔は、妖しく笑みを浮かべている。 「悪い子は、おしおきね」 と言い、あたしの鼻をつまんで口を自分の口で塞いでくる。 だんだん息が苦しくなって、あたしはせつなの服を掴む。 気が遠くなりかけ、必死にせつなの服を引っ張るあたしに、 限界に近いことを感じたのか、あたしの口を塞いでいた口が離れる。 息を吸いこもうと大きく開けたあたしの口を再び塞ぎ、 開いた隙間から舌を差し入れてくる。 夢中になってお互いの舌を絡ませ、 口の端からあたしのものかせつなのものか分からない唾液が溢れてくる。 あたしもせつなもそれには構わず、流れるがまま頬を伝いシーツにまで落ちる。 ―キスだけじゃ足りない 次の愛撫を促すように、あたしはせつなの左手を取りパジャマの上から胸の上に置く。 せつなは右手ひとつで器用に、あたしのパジャマのボタンとブラジャーのフロントホックを外し、 前を肌蹴させてあたしの胸へ触れてくる。 だけど、親指で先端の周囲を円を描くようになぞるだけ。 「もっと」 というあたしの願いは、口にしなくてもせつなに届いたのか、 次の瞬間、先端を抓まれ、ひねるように擦られ、もう一方は、口に含まれる。 待ち望んだ愛撫によって、背中に快感が駆け上がり、あたしの全身はわななく。 胸を弄んでいたせつなの右手は、ゆっくりと下の方へと向かう。 せつなの手が触れたところは、火傷したかのように熱を持ち、 その軌跡を、今度は舌がその熱を冷ますようにたどってゆく。 ときどきあたしの肌を甘噛し、歯形のついたところは、動物が傷を癒すように、舌でなめる。 せつなのすることすべてに、あたしの全身が応えていく。 ようやくせつなの指があたしの一番の敏感な場所に辿りつく。 しかし、そちらには触れず、周囲を這いまわり、 ときどき入口を広げるように指の先端を中に入れてくるが、それだけ。 縋るようなあたしの視線を感じたのか、 「ラブ、どうして欲しい?」 とせつながあたしに問いかけてくる。 その問いかけに答えないと、永遠に次の快感が得られない。 「あたしの・・中に・・」 「中に?」 せつなの意地悪。そんなこと言わなくたって、分かっているのに。 「中に・・いれて・・」 あたしが言葉を発した瞬間、せつなの指があたしの中に侵入してくる。 快感と同時に、あたしの足りない部分がせつなによって補われるような、そんな充足感に満たされる。 せつなはあたしの中に入れた指を前後に動かし、 親指はあたしの一番の敏感な場所を引掻く。 あたしの体は自分の意思に反し、激しくおののく。 あたしの瞑った目の奥で、チカチカと光が明滅し、意識は光の中へと飛翔していった・・・ 次に、あたしが気付いたとき。 せつなはこちらに背を向け、窓から月を見上げていた。 月に照らされ佇むその姿は、とても神秘的で、 「かぐや姫みたい」と思わず、口にしていた。 「かぐや姫って、何?」 「えっと確か、月から来たかぐや姫が、帝とかの求婚を断って、月に帰る話」 「そう。だったら私はかぐや姫かもしれない。 違う世界から来て、違う世界へ帰っていく・・・」 そう呟くせつなの姿は、迷子になった小さいこどものようで、 あたしは思わずその細い背をぎゅっと抱きしめていた。 「せつな、あたしはせつなのそばにずーっといるよ。 これからも一緒にたくさんの幸せゲットだよ!!」 「・・・精一杯、頑張るわ」 せつな、あたしの愛しい恋人。これからもずーっと一緒だよ。 了 補足 「夜這い」には求婚するという意味もある。 SABI2へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/260.html
第3話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。おうちで夕ご飯――』 「お帰りなさい。お疲れ様」 「「おかえりなさい、おとうさん!」」 「ただいま。おかあさん、ラブ、せっちゃん」 仕事から帰った圭太郎を迎える、あゆみとラブとせつな。 エプロン姿のラブとせつな。圭太郎とあゆみの周りをクルクルと回りながら、今夜は二人で夕ご飯を作るんだって嬉しそうに話す。 ひとしきり話したら、パタパタと二人でキッチンに戻っていった。 「せっちゃんが帰ってきてから、華やかというのかな。家の中が明るくなったなあ」 「せっちゃん、可愛らしいものね」 「いや、それだけじゃなくて。ラブもあんなに嬉しそうに笑う子だったんだなってね」 そして、お母さんもね。と圭太郎は心の中で付け加えた。 二人とも笑顔は絶やしたことがなかった。 でも、あの日からあゆみの笑顔は長くは続かなくなった。ラブの笑顔は憂いを帯びたような大人びたものに変化した。 まぶしい笑顔。一遍の曇りも無い喜びの表情。最近のラブのそれは、幼く感じるほど無邪気なものに戻っていった。 変わったのは自分も同じだろうと思う。家に帰るのがたまらなく待ち遠しくなった。扉を開けるのに心が躍る。 こんな気持ちになるのは、新婚の頃やラブが生まれたばかりの頃以来だろうか。いい歳をして……。自分でおかしくなって苦笑した。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。おうちで夕ご飯――』 タン。タン。タン。タン。タン。 トン。トン。トン。トン。トン。 小気味良い音がキッチンに響き渡る。 軽やかに、リズミカルに振るわれる二振りの包丁。 牛ろーす。豚と鳥のもも。しいたけ。たっぷりのたまねぎ。 冷蔵庫の余りものを、上手にチョイスしてひき肉をこしらえる。 「ラブ。このくらいでいいかしら?」 「うん、バッチリ! 後はパン粉と卵黄を混ぜてこねるの」 ラブはきゃべつの芯をくり抜いて細かく刻み、ケチャップ、醤油と混ぜて特製のソースを作る。 おかあさんが特売で春きゃべつを買ってきた。刻んでサラダにして今夜はハンバーグ! と言うラブの提案は、この前したばかりだからとあっさり却下された。 それで、ロールキャベツを作ることになったのだ。 お揃いのエプロンをつけて、仲睦まじく調理を進めていく。 二人とも真剣。交わす言葉は質問と指示くらい。だけど、時々交わされる視線、口元に隠し切れない笑み。 娘たちの嬉しそうな表情に、あゆみと圭太郎の顔もゆるみっぱなしだ。 「もう、いいの?」 「春きゃべつを使う場合はね、煮詰めすぎないようにするのがコツなんだよ」 ハンバーグが得意なラブの、自慢のレパートリーの一つだ。美味しそうな香りが食卓いっぱいに広がる。 ラブが食器を並べて、せつなが可愛らしく盛り付けていく。 おとうさんとおかあさんのグラスに、白ワインを注いで完成だ。 『いただきま~す』 「美味しいわ。ラブ、せっちゃん」 「本当だ。春きゃべつが甘くていいなあ」 「私は、ラブの言う通りにしただけよ」 「せつなの手際は凄いんだよ」 途切れない会話。花が咲いたような明るい食卓。せつなが突然帰って来てから、一週間が過ぎようとしていた。 幸せを学びたい。そう言った少女は、たちまち桃園家や周囲の人々を、笑顔と幸せでいっぱいにしていった。 「ブロッコリーの茎も、こうして煮ると美味しいなあ」 「人参も美味しいわぁ~。一緒に余り物を煮込むなんて考えたわね」 ぎくっ! ラブがよそ見をしてごまかそうとする。 「ら~ぶぅ、に ん じ ん。食べないとね! 私も昨日はピーマンの炒め物全部食べたんだから」 「あ、ははは。その~せつな。お願い、食べて……」 「だ~め! はい、あーん」 「いや……その」 「あーん」 せつなにじっと見つめられる。せつなの口もあーんと開いてるなあと思いつつ、ラブは観念して口を開いた。 「おいひいです」 泣き出しそうなラブの顔を見て、全員が吹き出した。 「せっちゃん。学校はどう? 少し時間が開いちゃったけど、授業とかついていけてる?」 あゆみが心配して声をかける。 食事が終わり、みんなに紅茶を入れながらせつなが答える。 「大丈夫よ、おかあさん。ちゃんとわかるわ」 「せつなったら凄いんだよ。間違えたとこなんて見たことないし、スポーツも相変わらず得意だし。クラスでも人気者なんだから!」 頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗。控えめで礼儀正しく、優しい人柄もあって、元から人気は高かった。 反面、遠慮がちで、自分から交流を持とうとしない子でもあった。 帰ってきてからのせつなは、まるで人が変わったようだった。 以前の魅力はそのままに、自ら話しかけ、積極的に人と関わりを持とうとするようになった。 おせっかいな一面も見られるほどで、学級、学年の外にもファンは急速に増えていった。 「そう、良かった。ラブの勉強は大丈夫なんでしょうね?」 「いやぁ、あたしは、その……」 「はぁ~しょうがない子ね。せっちゃん」 「はい、まかせて。おかあさん」 あゆみは無言で二階を指差す。今夜のせつなとのおしゃべりは、勉強会に変更になるだろう。 「は~い」と返事して、ラブはとぼとぼと上がっていった。 「ラブっ~! 後片付け済んだら私も行くから」 せつなが声をかけると、今度は元気な声で、「早く来てね~」と返事をしてきた。 「せっちゃんも上がっていいわよ。片付けはやっておくから」 「ううん。私にやらせて、おかあさん」 「じゃあ、一緒にやりましょう」 「はい」 今度はあゆみと一緒にキッチンで後片付け。せつなが洗った食器を、あゆみは拭きあげて並べていく。 時折、チラチラとせつなの方を見る。 「どうしたの? おかあさん」 「あら、ごめんなさい。こうして……またせっちゃんと一緒に暮らせるのが夢のようで」 「私と暮らせるのが、楽しいの?」 「当たり前でしょ。娘と一緒に居られることが、幸せでない母親なんているものですか」 「ありがとう。おかあさん」 せつなはあゆみにそっともたれかかった。以前より物怖じしなくなった。 あゆみが優しく抱きしめた。 「ねえ、せっちゃん。遠慮も何もいらないから、あなたが思った通りにやりなさい。そして、何でも相談してちょうだいね。必ず力になるわ」 「そうだぞ、せっちゃん。おとうさんも、せっちゃんの幸せを誰より願っているんだからな」 おかあさんばかりずるいぞ! と言った目で見ながら圭太郎も会話に混じってきた。 「ありがとう。おとうさん、おかあさん」 せつなはしばらく二人に甘えてから、ラブの部屋へと向かった。 幸せの街、クローバータウン。 そしてきっと、どこよりも温かい幸せな家庭。少なくとも、この家の四人はそう信じられる。 待っててくれる人。迎えてあげたい人。心を優しく満たしてくれる人。 それは家族と言う名の幸せ。 優しい夜は、その日もゆっくりとふけていった。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1195.html
カーテンの隙間からこぼれ落ちる柔らかな朝の光が、この世でいちばん大切なひとを優しく照らす。 まだ薄暗い部屋のベッドに横たわり、すやすやと眠るそのひとの名は、東せつな。 そんなせつなを、同じベッドの中でやや上気した面持ちで見下ろしているのは、この桃園家で彼女と同居している少女・桃園ラブだ。 昨夜は慌ただしい大晦日だった。日中はこまねずみのようにくるくるとよく働いた。残っていた大掃除を片付け、お節を仕込んだ。夜は年越しそばを食べ、短時間で入浴すると着物に着替えて神社に向かった。 零時ちょうどに神社に集合したのは、美希・祈里・ラブの幼なじみ3人にせつなを加えたいつもの仲良しメンバー。 楽しい初詣を終えたラブたちが美希たちと別れ、自宅に戻ったのは、すでに3時を回っていた頃だった。 急いで着物を脱ぐと、簡単にたたみ和室の隅に置いておく。母親はすでに眠りについているが、翌朝片付けてくれる手筈になっていた。 パジャマに着替えると、ラブはせつなを自分のベッドに誘った。 ここ何日間かは多忙でせつなを抱きしめることすら久しぶりだったために、もっとも愛しい存在を腕にしたラブの身体は、当然激しい渇望を覚えて疼いた。しかし昼間の疲労も入眠の手助けとなり、せつなを抱きしめながらも何とか眠りに落ちていくことが出来た。 今朝、両親は8時に家を出る。かねてから、元旦は初詣と親戚まわりで朝早くから夜遅くまで不在になる予定となっていた。 夜中に初詣を済ませた娘たちを起こさずに出掛けるからと前夜に言われていたラブは、息を潜めて階下の物音を聞く。 ガチャリと玄関が閉められ鍵をかけられる音を聞きながら、出掛けていく両親に心の中で手を合わせ、今年もいっぱい親孝行するからね、と感謝をした。 せつなはまだ目を覚まさない。両親が出掛けた後も目覚めることなく、深い眠りの中にいた。昨日、人一倍頑張り精一杯働いていた彼女。疲労も相当だろう。 疲れているのはラブも同じだが、せつなとは違い、ラブには今朝とても大事な目的があったのだ。せつなよりも早く目を覚まさなければならない、大切な目的が。 カーテンの隙間から洩れる光が、少しずつ明るさを増す。初日の出を一緒に見ることは叶わなかったが、これから先、いくらでもチャンスがあるだろう。 それに――と、朝の陽光を浴びて眠るせつなを見つめてラブは思う。せつなの無防備な寝姿は初日の出の何倍もの価値がある。ラブは心の底からそう思った。だって、こんなせつなの姿は、自分以外の誰にも見られないし、見せたくない。稀有な宝石にも等しいものだったから。 今朝せつなが身につけているのは、白い小さめのドット柄が入った真っ赤なフリースのパジャマだ。襟や裾は白いパイピングで縁取られ、大きな黒のボタンで前閉じになる愛らしいデザイン。 どことなくキュアパッションを思わせる可愛らしい見た目に加えて、暖かさに於いても他のパジャマを遥かに凌ぐため、この冬のせつなのお気に入りとなっている。 そのパジャマの黒ボタンに、ラブがおもむろに手をかけた。目覚めてすぐにラブが暖房を効かせた室内はすっかり温もり、布団をよけてもまったく寒さは感じない。 上からひとつずつ、そっとボタンを外していきながら、少しずつ呼吸が速くなるのが自分でもわかる。下まですべてのボタンを外し終える頃には鼓動が早鐘を打ち、頬は薄紅く染まり、荒い吐息をついている有様だった。 久しぶりに見る恋人の恥ずかしい姿に大いなる期待を抱きつつ、ラブは自由になった布地を左右にゆっくりとはだけていく。途端、眩しい白の双丘がぷるんと揺れながらまろび出る。 眠る時、せつなはブラジャーを着けない。昨夜も彼女を抱きしめながらその隠しようのない膨らみを布越しに感じ、むしゃぶり付きたくなる衝動を幾度も抑えつけたことを思い出した。 まだ、その時じゃない。今はせつなをゆっくり寝かせてあげる時だから。朝になるまで耐えるんだ。自らに巣喰う獣にそう言い聞かせ、必死に朝まで先延ばしにした。 そして、今。ラブの中にいる獣に、獲物を捕獲するその瞬間が今ようやく訪れようとしているのだ。 こぼれるように姿をあらわしたその豊かな膨らみの先端を、ツンと上向いたピンク色の突起が艶やかに飾っている。 仰向けになっているのに形良く保たれたせつなのバストは、ラブの視線を釘付けにしていた。 横流れすることなく形良く尖り、適度な高さにそびえ立っている。その景色の素晴らしさに見惚れながら、ラブは自らの喉に貯まる唾を思わずゴクリと飲み込んだ。 室内が温められているとはいえフリースの布地によって適度な体温を保っていた乳房は、微妙な温度差を感受するとその先端をゆっくりと勃ち上げはじめていた。 目の前で誘うようにぷっくりと尖る先端を見せつけられた格好のラブに、もはや我慢など出来るはずもない。夜中から散々我慢していて、限界はとうに超えているのだ。 まるで初めて触れるかのように、おずおずと両の手掌をその豊かなまろみに伸ばす。最初は遠慮がちに触れていたが、徐々に大胆にこね回してゆく。 お餅をこねるように手の平全体で優しく揉みしだきながら、時に親指と人差し指で尖る先端を掠め、クリクリと摘み上げる。 幾度も摘まれ、先程までとは比べようもないほどに硬くしこったそれを見つめ、意を決するように欲望のままにくちびるでかぷっと喰んだ。熱い唾液をたっぷり塗しながら啣え、甘噛みしつつ口腔内でころころと舌で転がしてじっくりと味わう。 幸か不幸か、ひとつしかないラブの口に対し、せつなの乳房はふたつあり、口で可愛がってやれないもう片方の乳房はラブの手で愛撫を続ける。だが、もちろん片方だけしゃぶるのでは飽き足らず、結局ラブのくちびるは左右どちらの突起も啣えることとなり、満足するまで延々と舐めまわし、しゃぶり尽くした。 一方、微動だにしなかったせつなの身体には徐々に異変があらわれていた。ラブに愛され始めたことで、わずかずつではあったが覚醒の兆しが訪れていたのだ。 「あぁっ……ん……ふぅっ……」 深い眠りに居ながらにして強い快楽を与えられ続けたせつなは、いまや無意識下で甘い嬌声を漏らし始めるまでになっていた。 彼女のそんな変化に、ラブは気を良くする。せつな、待っててね。起きた時には今よりもっと気持ち良くしてあげるから。そう心に誓ってにっこりと微笑んだ。 さっきよりも一層淫らな動きで一心不乱に舐め続けるラブの舌は、不思議だがかすかに甘い乳のような味わいを覚えていた。 「おいひい……せつなのおっぱい……」 乳首を啣えながらしゃべるラブの吐息が、快楽に濡れて敏感な乳首を直撃し、せつなの愉悦をぐいぐいと押し上げる。 乳房への絶え間無い愛撫によってもたらされた快感は、乳首を渦の真中として徐々に拡がり伝染していく。それはせつなの脚の付け根にある中心にもびんびんと届き、そこは痛いほど収縮し、腰はなまめかしい動きでラブの愛撫に合わせ揺らめき出していた。 その腰の揺らめきに気づくと、ラブはせつなのパジャマのズボンに指先をかけ一気に下着ごとずり下げた。 その瞬間、せつなの股間と下着との間にひと筋の銀の橋が架かる。それは陽の光を浴びながらきらきらと輝きを放ち、つーっとシーツに落ちて消えた。 妖しく光り濡れそぼったその割れ目すら、ラブには神々しく見えていた。そのくせ、自分のものだと言わんばかりに無遠慮に人差し指を差し入れて、くいくいっと前後に突きはじめる。 その綺麗な花びらはもうすっかり濡れていて、いともたやすく開いて侵入者を迎え入れる。ぬめった粘液を絡めつかせ、やわやわと動めきながら奥にある花芯へといざなってゆく。 花園の奥には花芯が秘そやかに震え、そばには熱い潤いをたたえている蜜壷がこじ開けられるのを今か今かと待っていた。 ラブは恋人の大腿を両側に優しく開いて、濡れて光る秘所をあらわにして自身の眼前にすっかり暴いてしまうと、右手の親指で花芯を揺らして愛でながら人差し指で蜜壷に分け入り、さも愛しそうに少し乱暴に踏み荒らした。彼女の膣内はとても熱くて、ラブの指をたやすく飲み込み、絡みつきながらきゅうきゅうと締めつける。 指を引き出そうとすると、離すまいとするように内壁がぬちゅっと淫らな音を立てしがみついてくる。 その動きを幾度も繰り返して内部を拡げながら慣らしていき、ついには中指を加えて2本に増やし、だんだんその速度を上げていく。 少しだけ曲げられたラブの指先は、上手い具合にせつなのいい所を擦り上げてゆく。そうして2本の指がぐちゅぐちゅと淫らに出入りし、その都度ラブの親指がいたぶるように花芯を掠め通る。蜜壷に指を抽挿し続けながらも、意地悪なラブの親指は可愛らしい花芽にも甘い刺激を加えることを決して忘れないのだった。 ぷっくりと赤く大きく腫れ上がり真珠のように硬く勃ち上がったせつなの花芯は、ほんのわずかな愉悦にも敏感になっていて、矢継ぎ早に加えられる甘やかな攻撃に今にも果ててしまいそうだった。 どんどん激しくなる指の動きによって蜜が白く泡立ち、今にも湯気が立ちそうにも見える。せつなの秘所からはうっとりするほどの雌の匂いが立ちのぼり、ラブの鼻腔をくすぐる。ぬちゅぬちゅと粘度の強い水音が引っ切りなしに鳴り続け、ふたりきりの室内に響きわたる。 穏やかな眠りの海の中で揺ら揺らとたゆたっていたせつなを、突然、嵐のようなうねりが襲った。その意識は激しい波に流されながら、性急な何かによってぐんぐんと海上へと押し上げられていくようだった。 「んんっ……はっ、はあっ……、い、や、いやあ! ああっ! あああああああああ!!!」 せつなの意識は、夢から現実へと無理矢理に覚醒させられたと同時に性感の頂点に達し、激しいスパークに包まれたまま、白い闇に飛ばされ、放り出された。 半時ほど後にようやく意識を取り戻したせつなを待っていたのは、とどまることなく溢れ出して陰部の後ろにまでぬらりと流れこぼれ落ちようとするせつなの蜜を、恥部にかぶりつきながら掬い上げるように舐め取るラブの、それはそれは淫らに微笑う濡れた笑顔だった。 「やッ!! ラブ!? どしてっ、あんっ! ひあぁっ」 絶頂の中で意識を手放したはずが、再び強い快楽の中で意識を取り戻し、その間にもせつなの身体は絶え間無い小刻みな絶頂を繰り返していた。 「おはよう、せつな。やっと目が覚めたんだね」 「おはよう、って、ひあぁっ! ラブ、んんっ、これ、は一体何なの? あぁん!」 「これはね、秘めはじめだよ」 秘めはじめ。せつなも知識として知ってはいた。愛し合うふたりが、その年に初めて行う愛の行為。だが、そんなことが自分の身に、しかも新年早々眠ったままで行われ、絶頂に身悶えながら目覚めさせられるとは夢にも思わなかった。 耐えられない恥ずかしさとともに、ラブの舌に嬉々としてしゃぶりつかれた花芯から拡がりゆく例えようのない愉悦に包まれ、せつなはまたしても深く達してしまう。 終わりなく続くラブの舌技に翻弄され、せつなは再び意識を手放した。 真っ赤な顔をして気を失ったせつなの秘所からようやくくちびるを離すと、ラブは口腔内に残ったせつなの蜜を余すことなく飲み下した後で、せつなのくちびるに近づいて愛しげにくちづけた。 先程までせつなの花芯を愛でていた舌を、今度はせつなのそれに絡みつかせ、ねぶる。ねぶりながら切れ切れに紡がれた言の葉。 「せつなぁ……愛してるよ……永遠に離さないから……」 気を失ったままのせつなに届くはずはないのだが、その言葉が放たれた直後にあでやかに微笑んだせつなを、ラブは確かにその瞳に刻みつけたのだった。 了